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2014年1月27日月曜日

1月25日(土)、第6回海外就職説明会実施しました。

1月25日(土)、第6回のフードビジネスに特化した海外就職説明会実施しました。
昨年の2月からコツコツと隔月ごとに実施し、
今回も定員数の応募者が参加されました。

やはり、目的をお持ちの応募者は意識高いですね。
また、会社の規模や安定を優先して選ばれるのではなく、
会社の今後の方向性と可能性、それにどの国かで判断されています。
なので、経営者が話しされると強いです。
 
フードビジネスは相対的に人気ありません。
しかし、海外戦略中心にちゃんと伝われば、多くの人材を集めることが出来ます。
そのためにも、キイストンはGJJ様と二人三脚で
コツコツ海外就職説明会を継続していきます。

やはり、「世界で勝負できるのはフードビジネスだ!」です!









(各社のプレゼンタイム)




(各企業様のブース)
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戦略型総合人材採用サービス会社キイストン

2014年1月15日水曜日

『海外で暮らすドットコム』にトラン芳子(旧姓 徳増)さん登場頂きました。

海外で活躍している日本人の方たちを応援•紹介する『海外で暮らすドットコム』(ミストラル運営)更新しました。
今回ご登場は、トラン芳子(旧姓 徳増)さん/シドニーのトップ進学校で日本語を教える女性アシスタントティーチャーです。
記事はこちらです。  





株式会社ミストラル(フードビジネスにより特化した人材紹介)

2013年12月13日金曜日

海外で暮らすドットコム、拡大中。

海外で活躍している日本人の方たちを応援•紹介する『海外で暮らすドットコム』(ミストラル運営)も
おかげさまで、5か国(ペルー、マレーシア、ベトナム、カナダ、オーストラリア)に拡大しました。
引き続き、もっと多くの海外で暮らす日本人の皆さんにご登場いただきます。
しかし、世界に飛び出した人たち、輝いてますね。
 
   
この想い「天」まで届け!
アジアNo,1を狙う高級日本食レストランサービスマネージャー
 
シドニーでお寿司を握る、女性寿司職人
~120%の想いを1皿へ~
女将と呼ばれて3年半、トロントで一番最初に居酒屋を作ったレストランター
 
「命」繋がる「食」を見つめる!オーストラリアのトップ繁盛店を支える代表アシスタント
 
繁盛店を渡り歩いてきたキーワード No Challenge No Success
 

 
世界で勝負できるニッポンの産業はフードビジネスだ!!”
2014年1月25日(土) 13:45~
【開催場所】東京・新宿
株式会社ミストラル(フードビジネスにより特化した人材紹介)

2013年12月8日日曜日

シドニーでお寿司を握る女性寿司職人の山田志保さん登場。


ミストラルで運営している“海外で暮らすドットコム”に
オーストラリアのシドニーでお寿司を握る女性寿司職人の山田志保さんに登場頂きました。

本文より~

海外へ行こうと思った きっかけは何だったのでしょうか

24歳まで地元の寿司屋(回転寿司を含む)で調理師として働いていました。
“女性で寿司をやっている調理師”となると やはり地元でも珍しく、職場で出会う先輩やお客様に『今は海外が流行ってる時代だから 外国に行ってやってみなよ!』とアドバイスをもらう事が何度もあったんです。
ですが、当時は全く英語も喋れず 憧れはあるけれど私とは無縁の世界だ と半ば諦めていました。
もちろん もっともっと調理師として成長し続けたいというのが前提です。
自分の職業を愛していますし、今の職業から離れたくない という気持ちは強くありました。かといって日本でこの先 調理師としてやり続けていったとして“30歳 40歳になった時の自分”というのを 全く想像できないままでいました。(続きは“海外で暮らすドットコム”で)

株式会社ミストラル

2013年11月13日水曜日

新しい試みを常にトライしてます。

海外進出が多い外食産業ですが、
海外と日本の外食企業様とを結ぶことができないかと考え、
いよいよ、1月には“飲食の戦士たち”の新バージョンサイトを立ち上げます。
もちろん、弊社の社員に知恵を絞らせ自社内での作成です。
そんなの出来ませんじゃなく、まず思考し調べて知恵絞れとやらせてますが、よくやってくれています。
ほんとたいしたもんです!

また、約2年ぶりに制作ブレーンも力を付け独立して戻ってくれました。
なんでキイストンの制作は、今まで以上のクオリティのものが出来そうです。

常に新しい試みに挑戦し、業界のために役立つよう、コツコツ頑張ります!
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戦略型総合人材採用サービス会社キイストン

2013年10月8日火曜日

祝 400回は株式会社どん 代表取締役社長 長岡祐樹氏登場。

祝 記念すべき第400回目です。
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社どん 代表取締役社長 長岡祐樹氏登場。
本文より~

昔ながらの、長岡家の教育。

「『せからしい』と良く怒られた」と、子ども時代を振り返って長岡は笑った。
戦地において約束した2人の祖父は、復員後、約束通り2人の子どもを引き合わせた。それが長岡の父と母。姉が生まれ、そして長岡が生まれた。
「女系家族だったこともあって、私が生まれた時には「でかした」と褒められたと母は言っています。まるで昔のTVドラマそのままで笑ってしまいますよね。私は男と言うだけで期待をかけられ、母にも、祖母にも鍛えられながら育ちました。」「でも、ぜんぜんじっとしていない子だったもんですから、「せからしい」と」。
時代背景もある。長岡が生まれた1964年は復興の足音がいやがうえにも高まっていった東京オリンピック開催の年である。戦前と戦後、教育も変わる。その意味でいえば、長岡家の教育は昔ながらのものだったのだろう。
祖母にすれば、周りの子どもたち全員が「せからしく」映っていたのではないか。だから尚更「せからし」と孫を叱った。
「女性は弱いから手を出してはダメ、年下はいじめるな」は母の躾。
だからケンカ相手はもっぱら上級生。負けて帰ったらきた時には「悔しかったらもう一回やってこい」と息子を送り出したそうだ。
長岡が中学に入学したその日、父は家庭を捨て出て行った。その後離婚に至るのだが、いきなり母子家庭となった。母は、宅建の資格を取るなどし、昼間は会社に務め、夜はスナックで働き、多い時は4つの仕事を掛け持ちし、女手ひとつで長岡を育てることになる。
その言葉を聞いたのはいつだったろうか。酒の弱い母が、酔っ払って帰ってきた時のことである。普段、気丈な母が「死んだほうがまし・・・」と寝言でつぶやいたのである。 母の寝言に聞き耳を立てていた長岡少年は、どんな思いでその一言を聞いていたのだろうか。

少年、長岡に与えられたミッション。

母が仕事を始めると、食事の調理当番が長岡の役割となった。「食費の配分を上手く計算できないから、調理当番がまわってきたんです」。姉は、買い物係。
中学に入学したばかり、そんな少年が、家族のために慣れない料理と格闘する。遊ぶ時間よりも、洗濯物を取り込んだり、部屋の掃除をしたり、家の仕事が自分の責任となる。だが、長岡は、何ひとつ苦にならなかったと言っている。それどころか、嬉々として料理や家事に向かっている。話を伺っていると、そんな風景が思い浮かんできた。
「母がつくってくれた料理を思い出したり、料理の本を参考にしたりして。もちろん、美味しかったかどうかは、わからない。洋食を期待して姉が買ってきた材料で肉じゃがを作ったり、期待も裏切ったと思います(笑)それでもね。疲れて帰ってきた母が、私のつくった料理を「おいしい」と言って食べてくれるんです。それが嬉しくって」
「おいしい」。母の一言が少年にとっては何よりのご褒美だった。
中学2年の時、姉が調理担当に。私は代わりに朝刊の配達を始めます。家族3人のなかで、男は長岡ひとり。男と言うことを意識すれば、女である母も姉も守るべき存在。「男は外で金を稼ぐものだ」と言う祖父の教えを全うした。
その後、長岡は大阪の高校へ進学。しかしそれは長くは続かなかった。何故なら翌年の1月つまり高校1年の冬に高校を退学するからだ。
高校1年の夏、朝夕刊の配達、集金、購読者の勧誘と仕事を増やしていく。仕事で稼ぐことが長岡の生きがいとなっていた。
学校どころじゃない。それが長岡の思いだったに違いない。・・・続き
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株式会社リンクワーク 代表取締役 福島優作氏登場

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社リンクワーク 代表取締役 福島優作氏登場。
本文より~

柔道に明け暮れた日々の記憶。

福島には兄が1人いる。1歳しか年が違わないこともあって、四六時中ケンカをしていたそうだ。父の勧めで2人は柔道をはじめ、福島は中学生の時、都の大会でベストエイトまで進んでいる。
「小さい頃から兄とケンカ三昧でしたから、武道はある意味、私たち兄弟の進むべき方向だった気がします。ただ、兄とはその後、違う道を進むようになるんですが、いい意味でも悪い意味でも、2人とも中学の時に出会った監督から大きな刺激を受けました。とにかく練習が厳しくて。いまなら体罰と言われてできないんでしょうが、昔は、暴力まがいの指導もまかり通っていましたから」。
「代わりに、厳しい練習に耐えているうちに、みんなドンドン上達して大会でもいい成績を収めることができました。団体でもそうですし、個人では東京上位の常連になれました。おかげで、高校進学時には8校から推薦をいただくことができました」。
厳しい練習に3年間、耐えた。1つ上の兄は、兄弟でも先輩だから敬語である。徹底した「しつけ」も行われていたのだろう。むろん体罰だけではなく、理不尽なこともあったに違いない。でも、福島はドンと構えて、それらを受け入れた。精神的にもたくましかった証拠だろう。しかし、高校で柔道を続けるつもりはなかった。だから8校あった推薦はぜんぶ断った。

柔道抜きでは、進学する学校がみあたらない。

もう、柔道はやらないと推薦を断ったのは良かったものの、推薦がなければ行く、正しくは行ける高校がなかった。
「柔道ばっかりで勉強なんてちっともしていなかったから、都立に落っこちて。2次募集で、とある高校にスベリ込んだんですが、その時の面接官が中学時代の柔道部の監督で…。面接ルームに入るなり、互いにびっくりです(笑)。監督からは『おまえがくるような学校じゃないだろう』と怒られてしまいました。監督は、推薦をくれた学校のいずれかに進んだと思っていたんです」。
事情を説明したが、「柔道をすることを条件」に進学が認められた。結局、柔道から逃げられなかったことになる。ただし、推薦で入学できた学校とは違い、こちらはまだまだ弱小の柔道部だった。
だが、いま振り返れば、かえってそれが良かったのかもしれない。「柔道部を強くしよう」。違った意味で福島のなかに火がついたからだ。ふたたび、柔道漬けの日々が始まった。今度は、己1人が強くなればいいわけではない。悪戦苦闘の日々がスタートする。
「結局、最後まで強豪校にはできませんでした。でも、支部で一回戦負けの常連校をなんとか準決勝、決勝まで勝ち上がれるぐらいまで強くすることができました」。
この事実は、間違いなくいまの福島の財産になっているはずだ。・・・・続き
株式会社リンクワーク 代表取締役 福島優作氏
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2013年10月6日日曜日

10月5日、3ヶ月に一度の全体会議(決起会)しました。

この5日(土)は3ヶ月に一度の出社土曜の日で、
第3クォーター(10月~12月)の全体会議(決起会)を実施しました。

営業マン個別に前クォーター(7月~9月)の反省と、
今クォーター(10月~12月)の取り組みを発表させてますが、
個々の営業マンも反省、自分のやるべきことをちゃんと考えており、
まわりも意見やアドバイスをしてくれてました。

皆よくやるべきことはわかってるので安心しました。

最近、企画提案する機会も増え、
企画書提案の試みや企業へのヒアリングも増やし、
そしてまわりの業者の方やブレーンの方との接点も増やしております。

今のキイストンにはチャンスが多いだけに、
伸びてくれればその成長度合いは
計り知れないほどの大きな可能性あります。

やはり、素直にやってみることができる人材は伸びますね。
つくづく過去の営業経験の有無だけで見てはいけないことを実感しています。

おかげで5日(土)の全体会議(決起会)で
私の話す時間は1時間以上予定してましたが、
10分しか話す時間ありませんでした(笑)
 

組織も、ずいぶん良くなってきた。
今のうちに実力を付けさせておかないと。

次のステップに早く進みたい。
そうすれば、次は業務効率をアップさせるためのシステム費用投下かな。
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戦略型総合人材採用サービス会社
キイストン

2013年10月4日金曜日

本日、10月4日より夕刊フジにて新連載『波乱万丈 起業家列伝』スタート。

本日、10月4日(金)より夕刊フジにて新連載『波乱万丈 起業家列伝』(毎週金曜)がスタートしました。
第1回は竹若の竹若勝社長です。
社長の生き様を伝える“飲食の戦士たち”も来週で第400回、つまり400社長登場頂いたことになります。
学生には人気のWEB業界ですが、なんと一世風靡したmixiも大赤字、GREEも苦戦中・・・・。
やっぱり飲食業界で活躍されている飲食企業は強いです。
なにせ、波乱万丈、苦労の連続を耐えてこられた経営者なんで打たれ強いから・・・。

キイストンは飲食業界を応援するため、次から次へと展開します。
乞うご期待ください。

 (竹若の竹若社長)
(なんと前垂れまで)
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2013年10月1日火曜日

10月1日、『海外で暮らすドットコム』を立ち上げました。

本日10月1日、海外で活躍している日本人の方たちを応援•紹介する『海外で暮らすドットコム』(ミストラル運営)を立ち上げました。
世界各国で暮らしておられる日本人の方を少しでも多くご紹介し、海外に羽ばたいてみたい方の背中を押せるサイトになれば・・・と考えています。
目標は年内に世界で活躍されている方100人をご紹介できるよう、コツコツ頑張ります。
株式会社ミストラル(フードビジネスにより特化した人材紹介)

2013年9月25日水曜日

社長直轄の特命課は、大正解!!

社長直轄の特命課を新たに設置しましたが、大正解でした!!
大変、細かなことを水面下で動いてくれてるので、
いろんなことが同時進行で進んでいます。

海外ルート、メディア関連、大学講義、新サイト構築、取材先グレードアップ、業者拡販などなど。

自ら考え、自ら行動し、ミッションを全うしてくれています。
いい人材、これに尽きる!!
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2013年9月23日月曜日

またまた、“刀削麺 唐家”がメディアに。

“刀削麺 唐家(からや)”立て続けに新聞メディアに登場してる。
スゴいな〜。
(夕刊フジ)
(日経MJ)
http://youtu.be/zES8Wh7MUDQ

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2013年9月17日火曜日

10月1日、新しいサイトをオープンさせます。

10月1日スタートに、新しいサイトをミストラル運営でオープンする予定です。
“海外”で活躍している日本人の方にスポットを絞り、ワールドワイドで展開図ります。
北米、南米、オセアニア、アジアに住み活躍されている日本人の方にご登場頂きますが、
ヨーロッパ、アフリカにも拡げていく予定です。

2020年、東京五輪が決定しました。
これからは世界にも目を向けコツコツ進めて行きます。
株式会社ミストラル(フードビジネスにより特化した人材紹介)

2013年9月14日土曜日

一流選手でも猛練習してきたからこそ。

経験を積むほど成長します。

辛いことや大変忙しい仕事量を増やすと

仕事の質がアップします。

会社のトップで頑張っておられる社長と会うことで

その空気感を味わえます。

そして企業が何を欲しておられるか少しずつわかります。

仕事の考え方を相手方の立場を教えることで、

創造し考えてやること

情報をアンテナ高くしていると

感性が豊かになります。

今キイストンでは、まず営業マンとして、そして強い人間力作りしています。

一流選手でも猛練習してきましたからこそ今がありますから。
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2013年9月7日土曜日

さあ、次のステージに向け。

もう一つ上のステージに上がるためには、
意識改革、組織改革、制度改革が必要です。
キイストンスタッフの皆も
かなり自信つけてきたので
いよいよ実行する時期がきたかな…。

例えれば、高尾山を登るのから、
富士山目指して登る感じですかね。

当然、服装も替えないと凍えます。
体力もないと登れません。
ましてや無計画に登ると高山病にもなります。

組織も同じ。
組織力が強くなれば、
今の10倍は直ぐ到達します。

変化することが、成長の第一歩。
21年目ですが、常に挑戦あるのみ!
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2013年9月3日火曜日

人材採用。

人材採用はお金のかけどころを違えると後でとんでもないことになります。
何より誰を採るかが、一番大事です。

優秀な人材の宝庫であるリクルート出身なんで内、外からもよく見てます。
また人材で大きく影響受ける飲食業界の会社を多く取材してきましたからね、しかも長い期間。
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2013年7月16日火曜日

「味噌」を武器に海外にも展開する株式会社トライ・インターナショナル 代表取締役社長 田所史之氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に「味噌」を武器に海外にも展開する株式会社トライ・インターナショナル 代表取締役社長 田所史之氏登場。
本文より~

「味噌屋」の息子の少年時代。

田所は、人口わずか1~2万人の小さな町、福島県白河市、通称「中通り」で産声を上げた。実家は、明治から続く「味噌」の製造店。兄妹は、4つ下に妹が1人いる。
「代々、続いていましたが、そんなに大きな味噌屋ではありません。父は、別に仕事を持っていたぐらいですから」と田所。
規模の大小はともかく、この味噌屋が田所を育てたことになる。むろん、朝餉には旨い味噌汁が出されたことだろう。
田所に少年時代を振り返ってもらった。
「そうですね。子どもの頃は、ぜんぜん勉強しませんでした。テストでは30点取ればいいほう。勉強に興味がなかったから、寿司職人になりたいと思っていたんです」。
勉強より、スポーツが得意な少年だった。
特に小学校から始めた野球では、メキメキ頭角を表し、キャッチャーで打順も3番など、主要なメンバーとしてプレイした。
「高校では、県でベスト4。チームはそれ止まりでしたが、私は、それなりに評価され、社会人野球からも誘っていただきました。いただいたんですが、私も高校生になるとバイクに熱中したりして。もう、野球はいいかなと思っていたんです」。


野球とバイクと好きな子を追いかけて。

野球は好きだったが、勉強はイマイチ好きになれない。バイクに熱中し、ろくに学校にも行かなかった。だから、卒業の段になっても、単位が足らなかった。社会人野球の話ももらったが、それどころでもなかったのが実情である。
「いい先生というか、まぁ、おかげで卒業できたんだけど、真冬の2月にプールですよ。25メートル泳いだら単位をくれるっていうんです。それで、海パンになって(笑)」。
25メートル無事、完泳。それで、無事に高校も卒業することができた。進路は、決めていた。「好きな子が東京に行くっていうから、とにかく私も東京へと」。・・・・続き
「味噌」を武器に海外にも展開する株式会社トライ・インターナショナル 代表取締役社長 田所史之氏
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2013年5月21日火曜日

クオルス株式会社 代表取締役社長 高波利幸氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”にクオルス株式会社 代表取締役社長 高波利幸氏登場。


クオルス株式会社 高波利幸氏
本文より~
運動神経抜群。アスリートとして軌跡。
勉強も、スポーツもできた。小学生の頃は、「体育の先生になれる」とみんなが言っていた。先生は、子どもたちの憧れだったのだろう。勉強も、スポーツもできる高波なら、「先生になれる」。この一言も賛辞だったに違いない。
春夏は陸上、冬はスキー、夏はもちろん水泳に精を出した。
中学は受験し、見事、国立大学の附属中学に進学している。頭が良かった証拠だろう。中学・高校では、勉強よりスポーツに傾倒した。なかでも陸上部で、800メートルという距離を走り、県の強化選手として全国上位レベルの記録を残した。
「大きな大会になると結果を残せず、悔し涙を流せた純粋な青春時代でした(笑)」。
高校では、バイクにも夢中になった。400ccのバイクを駆り、無断で学校に通学したりもした。暴走族というのではない。レーサーを目標にライセンスを取った。「かっこいい」、そういう一つの尺度が高波を動かすようになる。

飲食店経営者をめざして。
偏差値でいえば、地元では上から3番目ぐらいの高校だった。だから、大学に進学する生徒も多くいたはずだ。だが、高波は大学進学という道を進まず、料理の世界に入るため専門学校の門を叩いた。「良く通っていた喫茶店のオーナーに刺激されて…」と高波。進んだのは東京にある「服部栄養専門学校」だ。「服部栄養専門学校」はわずか1年制だったが、この1年のなかで、ヨーロッパに研修に出かけたことが高波の人生を決定づけることになる。当時、本人はそのつもりではなかったかもしれないが、その後「イタリア」が間違いなく、高波の人生のテーマになるからだ。「フランス、スペイン、イタリア、どの料理も良かったんですが、私にはイタリアがいちばんよく似合うような気がしたんです」。専門学校卒業後、イタリアレストランに就職する。  続く・・・・。

クオルス株式会社 代表取締役社長 高波利幸氏

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2013年5月8日水曜日

ミストラルの新名刺出来ました。

ミストラルのロゴなど一新した名刺出来ました!!

ミストラル名刺
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