2017年6月22日木曜日

6月22日、青山学院大学にてPJpartnersの南山 太志社長のゼミ講義でした。

6月22日、青山学院大学堀内ゼミにて前期最後の飲食経営者によるゼミ講義、本日はPJpartners(ピージェーパートナーズ)の南山 太志社長でした。
海外ブランドやっておられることもあってか、学生の皆さんも関心持って耳を傾けてました。
より多くの飲食経営者と学生との接点を増やし、それがキッカケでイメージ変わればうれしいです。

まだまだ道のりは長いですが・・・。

96x96

2017年6月21日水曜日

山本五十六のあの名言。

今期中に20代の若手営業マン、あと2人ほしいな。
そのためには今の営業マンのレベルを引き上げないとダメです。


山本五十六のあの名言、
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」は
昔から心かげていることです。
ただ、もっと先があって
「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」
「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
だったんですね。
さらに
「苦しいこともあるだろう 言い度いこともあるだろう 
不満なこともあるだろう 腹の立つこともあるだろう 
泣き度いこともあるだろう これらをじっとこらえてゆくのが 
男の修行である」
と。
やはり奥が深いです。


お客様から信頼され、売れる営業マンに育てていくには、
それくらいの覚悟がないとダメですね。
96x96

2017年6月20日火曜日

株式会社マックスフーズジャパン 代表取締役社長 西田 眞氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社マックスフーズジャパン 代表取締役社長 西田 眞氏登場。
本文より~

東京へ。

小学4年生の時に東京に引っ越した。それまでは佐賀県の多久にいた。「本籍は麻布十番です。でも、いろいろあって」。西田氏が生まれたのは1947年。戦後から2年経った時である。父親と母親は、中国から引揚船に紛れ込み帰国したそうだ。
「母は和歌山生まれなんですが、中国人なんです。だから、一時、中国に強制送還されていました。向こうで北京音楽大学を卒業して父と知り合います。祖父が商社を経営していまして、父が上海に赴任していた頃に知り合ったそうです」。
敗戦国の日本。2人だけではないが、たいていの人にとって、住みやすい国ではなかったはずだ。
「私たち家族は佐賀県の炭鉱の町で暮らし始めました。父が炭鉱ではたらきだしたんです。しかし、もともとちから仕事などしたことがない人でしたから1日はたらけば3日休むといった具合で、生活はけっして楽ではありませんでした。それで母が上京し、仕事を始めるんです」。
母親が就いた仕事は、歌手。TVに何度も出演された有名な方だそうだ。なんでもNHKの中国語の講師をされていたこともあるらしい。母のおかげで生活は安定したが、両親の間にはいつしか溝ができ、2人は別れることになる。
「母はとにかく忙しそうでしたね。当時はTVに出るより、地方巡業です。私も、弟だと偽って、いっしょに巡業したこともあるんです」。
なんでも結婚していることを黙っておられたそうだ。だから、弟。
「当時は、結婚していると言えない空気だったんです」と西田氏。ともかく、そうやって西田氏の東京生活がスタートする。
「勉強はできたほう」と西田氏。なかでも英語は得意で、中学校ではテストで98点以下を取ったことがないそうだ。高校は明治学院。英語、一つで突破した。
「私はそれから日大に進みます。スポーツはいろいろやっていまして。小学校では水泳、中学になってボクシングや剣道。剣道では2段を取って、高校では硬式野球。佐賀にいた時からわんぱく坊主で、ガキ大将です。体育会だったんですね。昔から(笑)」。
体育と英語。得意教科には、その2つが挙がる。「昔は中国語もできました。そうです。母から教わりました。兄弟は2人で、弟がいます」。
忙しい母に代わって、面倒をみてくれたのは、ばあやさんだ。明治生まれの彼女の躾は、容赦なかった。ただ、そのおかげで、西田氏の心の背骨はまっすぐに育った。

大学中退。飲食の道へ。

起業しようと思ったのはいつ頃ですか? という質問に西田氏は「高校の時からかな」と答えている。それでも母に懇願され、大学だけはと日大に進んだ。しかし、大学2年時に退学してしまう。
「私は中国人と日本人のハーフなんです」。卒業したら就職させてあげる、と超大手商社の名を挙げる知人もいた。「だけどハーフでしょ。うまくいっても課長止まり。それじゃハリがない。だから起業という道を選択したんです。飲食で独立したのは、アルバイト経験もあったからです。しかし、何の店をするかは、決めていませんでした」。
友人にフランスレストランを経営するオーナーシェフの二代目がいた。「彼にお願いして、お父さんに合わせてもらって、アドバイスをもらったんです。すると『フレンチも、和食も、20年、25年とかかる』というんですね。そんな悠長なことはできないということで、じゃぁ『もつ』はどうだということになったんです」。
当時、もつ料理店はけっして多くない。その少ないなかから、西田氏は新橋にある「もつ料理店」を選び、修業を開始する。
修業期間は1年半。ただし、ふつうの3年、5年に匹敵する濃厚さだった。
・・・続き

PRバナー
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)

2017年6月19日月曜日

父の日か…。

6月18日は父の日。
昨年の5月11日に父親が亡くなり1周忌も過ぎた今、父の日は切ないものだ。
私には子どももいないから、もらうこともない。
(生前1年前の父親/真剣を持ち楽しそうでした)
母が亡くなり母の日も寂しい気持ちはあったが、父の日も…。
寂しいもんではあるが、親がこの世から先に去るのは必然のことである。
96x96

贈った側が感激させて頂きいました。

お世話になっておりますマンガ制作会社最大手のトレンドプロ様が事務所拡充のため移転されたので観葉植物お贈りしました。

そのお礼の手紙に感動しました。
温かいこの気持ちは人を動かしますね。
岡崎社長感謝です!!
96x96

2017年6月15日木曜日

キイストン五人衆!!

キイストンを担う五人衆!!
よく資質のいい人材が揃いました、うちの宝物です!
営業未経験の新人であろうが経験積んできた中堅であろうが常に社長様相手に仕事をさせているため成長が早いです。
第3の営業マンでもあるTは今年1月より目標を大幅に上げたにも関わらず5か月連続達成中で、この半年で大きく成長してます。
現在新人の教育係も兼務させ、負荷を与えてますが負荷をプラスにしてくれてます。
第4の営業のSも大ネタを提案しています。

ある程度厳しくした後は、機会作ってやり、やらせることが一番!
3年後を見据え、さらに提案に必要なヒアリング力、ニーズに対応できる企画力、出来る人たちに合わせられるスピード、そして筋の通せる人間力を鍛えてます。

年内には営業マンをもう1人は増やしたいな・・・・。
96x96

「そうだ、富士山に登ろう!」ということで今年もチャレンジ。

昨年、「そうだ、富士山に登ろう!」と軽い気持ちで臨んだ富士登山。
日が落ち時間切れで八合目で残念しましたが、今年はリベンジで富士山頂上制覇するぞ。

ということでトレーニング開始しています(笑)