2021年1月3日日曜日

謹賀新年!2021年もよろしくお願いします。

明けましておめでとうございます。

2021年、いよいよスタートしましたが、新年早々首都圏の知事による非常事態宣言の要請が出ました。

どんな状況になってもキイストンは常にコツコツ前を向き、今何をやれば喜ばれるか考え行動する!

5日より仕事始めですが、この1年もエキサイティングな年になりそうです。

ところで余談ですが、

・2007年よりブログを書き、今年で14年。

・会社も、前職から転職せず創業し、29年目に突入。

・仕事も人材採用業務を天職としメイン業務は変わらず。

・「飲食の戦士たち」も第818回と飲食経営者の記事を800以上連載中。

「全てにおいて継続は力なり」

(東京タワー1月2日)

2020年12月30日水曜日

2020年もあと1日。

いよいよ2020年も終わろうとしてます。

まさか1年前に誰がこんなこと予想していたでしょうか。

昨年はキャリアある営業マンが独立するとなり退職し、代わりに新卒で2人が入社。

人件費は下がるどころが微増、ただ売上は、新人2人はほぼ見込めない中でのスタート(涙)

案の定、上半期は予想通り赤字で折り返しました。

しかし、この6月に執行役員に昇格した営業トップの江川中心に皆が少しずつ力付け、下半期の2〜3月で大幅に売上を伸ばし、4期連続の黒字に…。


と、思ったら期が変わる前の1月早々に大阪出身の営業マンが大阪に戻りたいと相談が…。

おいおい。

でも、これまでよく頑張ってくれてたので、本人がやりたいなら無理だとわかっていながらもチャレンジすることがキイストンスピリッツなので準備室を設けました。

その後、直ぐにコロナ禍で、この1年が終わろうとしております。

おかげさまで、いろんな逆境が、会社&個人の精神力強くしてくれ成長させてもらってます(笑)

決算の3月末までまだ3ヶ月あります。

常にワクワク、常にエキサイト、常に喜ばれる人生ほど楽しいものはない。

最後は笑顔で終える2020年度にしたいので、一丸となり頑張ろう。


2020年12月22日火曜日

株式会社グローズバル 代表取締役社長 吉田茂司氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社グローズバル 代表取締役社長 吉田茂司登場。


本文より~

28歳、起業するまでの話。

熊本県で生まれ、神奈川県で育った。兄と2人だったが、父が再婚したことで、兄弟は4人になった。「勉強はそんなにできなかったかな」と笑う。中学時代は卓球部。相模大工業高校に進学し、バレーボール部に移る。
高校からはじめたにもかかわらず、1年からユニフォームを渡され、のちに副主将も務めている。もっとも、いちばん声をだしていたから、と本人評。たしかに、声はよく通る。
「高校卒業後、株式会社パルコに就職します。パルコといえば、みなさんアパレルをイメージされがちですが、ディベロッパーです。だから、私の最初の仕事は電気技術者です。24歳までの6年間、お世話になり、退職して1年は、おなじ電気の仕事をつづけます」。
飲食の出会いは?とうかがうと、「当時はITバブル。ITビジネスで起業するのが流行っていて、私も起業に向けてパソコンの勉強をはじめます。その時、はじめたアルバイトがバーテンダー。この世界に入るきっかけです」。
相模原西門にある、レストラン&バーのバーテンダー。
「やったらやったぶん、『ありがとう』って言われるでしょ。それが、新鮮だったし、うれしかった。こちらの店で3年。店長にもなり、自信もできたので『独立したい』とオーナーにいったところ、『じゃぁ、店を買わないか』って」。
悩みどころだったんじゃないだろうか? 「そうですね。180坪の大型店です。テナント料だけで120万円ですからね」。
悩んだが、結局、買い取ることにする。2400万円くらいかかったそうだ。むろん、ぜんぶ、分割。これが、28歳の時の話である。

占い師。

「買い取ったレストランは、駐車場も20台あったくらいですから、相模原西門のはずれです。道路交通法の改正があった時に、いまの駅前に移転します」。こちらは家賃も、そう高くなかったようだ。これが、起爆剤となった。
「当時、ホットペッパーの営業さんが占い好きで。で、『今度、いっしょに行きましょう』って言われて」。連れて行かれた代官山に占い師がまっていた。「もう起業していたんですが、それを言わずにみてもらったら、『起業に向いている』と言われて。割とそういうのが、うれしいタイプなんでしょうね。いまでも、しっかり記憶しています/笑」。
スピリチュアルは、案外、吉田氏も好きなほう。「じつは、法人化する前にスピリチュアルな占い師がいるってことで鎌倉まで行ってみてもらっています/笑」。
そのとき、改めて思いが整理できたという。占いがあたったかどうかは、知らないが、過去と向き合い、何がしたいのかに気づいたのは占い師のおかげかもしれない。
父親の再婚で兄弟は4人になり、にぎやかになったが、吉田氏は、逆にさみしかったそうだ。「私が、末っ子。でも、兄と違って、義母になつかなかったんでしょうね。私だけ、なんだか違っていた/笑」。
兄弟とも、とくに仲がよかったわけではないらしい。
「高校卒業してすぐにはたらきだしたのも、はやく独りになりたかったから。でも、飲食に惹かれたのも、こうした子どもの頃の体験があったからだと思うんです。みんなが、屈託なく、語り、笑う。私の、欲しかった世界です」。

生みだしたヒット商品「とろけるハンバーグ」。

現在、吉田氏は、レストラン&バー「ラヴァーズロック」、とろけるハンバーグ「福よし」、バーガーズカフェグリルフクヨシ「BURGERS CAFE」の3ブランドを展開している。注目は、「とろけるハンバーグ」だろう。「2016 モンドセレクション受賞」「楽天デリバリーランキング お弁当部門第1位」「王様のブランチ2016グルメアワード」「東京メトログルメランキング第1位」「相模原名物料理選手権S-1グランプリ第1位」「寺門ジモン厳選 極上グルメ祭り出店」など、話題にことかかない。
 もともとは、吉田氏の先輩である、吉田氏が天才と絶賛する住村哲央シェフが開発。吉田氏がプロデューサー的に商標の獲得などに動き、いまのヒットをつくりだした。「とろけるハンバーグ」使用店舗は、全国に広がっている。
 また、ハラルフード事業にも進出しているから、守備範囲も、攻撃範囲も広い、広い。「ロケットのスポンサーにもなっています」と吉田氏。「たまたま堀江氏の講演を聞き、スポンサーの話があったので、じゃぁ、と手を挙げたんです。スポンサー料ですか? そうですね、小型車一台分くらいですね/笑」。

趣味は、ひとを喜ばせること。

吉田氏の目標は、飲食の世界を進化させること。
「一つは、憧れて、飲食に入った人たちが、いつまでも仕事をつづけていける世界ですね。40代、50代になっても、たのしく、仕事をしている。もう一つは、やはり、給料ですね。でも、これはなかなかむずかしい。ショップの売上だけでは限界がある。『とろけるハンバーグ』のEC事業や、ハラルフード事業などをスタートさせているのも、じつは、そのためなんです」。
「相模原」も、未来のキーワードになりそうだ。リニアモーターカーの駅ができるなど、「相模原には『のびしろ』がある」といったうえで、「じつは、相模原には、これといった名物がないから、いま開発しているんです。商品名は、『相模原のびしろ饅頭』です/笑」。
その話を聞いて、うまい!とひざを叩きたくなった。「ただ、おみやげに、と思っているんで、賞味期限の関係で、なかなか商品化がむずかしい。いまや、日本を代表するメーカーまで巻き込もうとしています/笑」。
 新型コロナウイルスの影響もうかがった。「4月、5月はどうしょうもなかったですが、7月くらいからは回復しています」。
実際、ニュースにもことかかない。
6月には横浜関内にプロデュース店舗「やきとり直」がOPEN。8月には「楽天市場内EC店舗」オープン。翌9月にも「auコマースサイト内EC店舗」がオープンしている。
おなじ9月に「まちだ未来ビジネスアイデアコンテスト 2020 ー協業型起業家応援プロジェクトー」に参加。10月には、イーアスつくば美味コレクションに、「オリエンタルレストランSouju(ソウジュ)」がOPENし、11月には、デリバリー専門店ラヴァーズロック相模原中央店がオープンする。
吉田氏の原動力はいくつもあるように思えるが、もとをたどれば、一つになる。その原動力は、「ひとを喜ばせる」、その思い。趣味は、「ひとを喜ばせること」と言い切る。趣味だと気づかせてくれたのは、いうまでもなく、「飲食」という世界。
「趣味は、ひとを喜ばせること」。吉田氏が語ると、この何気ない一言がかっこいい一言になる。むろん、価値ある一言という意味で。

・・・続き

株式会社グローズバル 代表取締役社長 吉田茂司


2020年12月16日水曜日

株式会社セカンドアロー 代表取締役社長 大須賀伸博氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社セカンドアロー 代表取締役社長 大須賀伸博氏登場。

本文より~

3人兄妹の末っ子、20歳で結婚する。

3人兄妹の末っ子だそう。「甘やかされた」と大須賀氏。兄のことを尊敬しており、兄の影響でバイクに乗り、兄を追いかけるように飲食に進んだ。
結婚も早い。高校の時から付き合っていた彼女と20歳で結婚する。30歳にして、早くも3児のパパだ。
「串カツ田中」に入社したのは、21歳の時。24歳で執行役員になり、25歳で取締役営業本部長に昇格している。そして、30歳の今(2020年)、新たに生まれたグループ会社の代表取締役社長に就任。結婚した当時はトラックの運転手だったから、目が覚めるような快進撃。果たして、その人生は? いつもどおり、子どもの頃から追いかけてみることにしよう。
大須賀氏は、1990年9月25日、東京都大田区に生まれる。ご両親も、大田区生まれというから生粋の江戸っ子なんだろう。すでに書いたが兄妹は3人。大須賀氏は末っ子。母方の実家は医者。父方は、曾祖父の代から会社を経営されていたらしい。とはいえ、父親は会社を継がずに会社員として勤務。
性格は、人見知り。それは今も変わらないらしい。
小学3年生からソフトボールをはじめ、関東大会に出場し、準優勝も経験している。中学生ではスラムダンクに影響され、バスケットボールに転向している。
高校は都立大崎高校。大学に進学するつもりは、ハナからなかったそう。1年時は、バスケットボールを続けたが、2年からは兄の影響でバイクに乗り、のめり込んだ。
高校を卒業したあとは、飲食店に就職する。
「特別、飲食がやりたかったわけじゃない。やりたいことがなかったから」と、大須賀氏。ただ、はじめたものの、数ヵ月でリタイア。
そのあとはトラックに乗り、奥様の妊娠がわかり、そちらで、アルバイトから正社員になる。収入が不安定だったから、兄が店長を務める「銀のさら」でアルバイトもした。ちなみに、その兄も現在は、飲食店経営の会社に勤務。「銀のさら」や「串カツ田中」のフランチャイズもされているそうだ。

「串カツ田中」で、昇給の味を知る。

「串カツ田中に入社するきっかけは、母なんです」。
お母様?
「そう、母親が『串カツ田中』に食べにいって、すごい人気だって言われて、じゃぁ、1回いってみようと食べにいったのが、最初。もちろん、母親がいったとおり、すごいパワーの店でした/笑」。
そのあと求人誌で確認されたんですよね?
「はい。タウンワークに掲載されていました。週休2日で、月給25万円。当時では、破格の条件です。ただ、店舗数はまだ6~7店舗で、フランチャイズをはじめようとしていた頃ですね。社員数も20人くらいの頃です」。
最初はどんな仕事をされましたか?
「武蔵小杉のオープンに関わらせていただきました。『串カツ田中』も、出店がつづき、私も、初めて昇格・昇給を経験します。ええ、社会人になって初です/笑」
半年で店長になられていますね?
「そう、まだ、21歳でしたから、当然、アルバイトでも年上がいました。でも、けっこううまくやれていたんじゃないかなと思います。今もそうですが、タメ口は基本、きかないですし」。
「大人しく、人見知り」と言っているが、昇格・昇進に関しては遠慮がない。22歳で、店長からスーパーバイザーに昇進。「あの時は、相当勉強させてもらった」とのこと。
役職が人をつくるというが、ある意味、正しい。大須賀氏が、その好例。営業本部長になり、営業のトップに。役員になった時には店舗数も50店舗になっている。むろん、大須賀氏が、トップに立ったことで出店はさらに加速する。
串カツ田中についてふれておくと、創業は2008年。2016年、東証マザーズに上場し、2019年には東証一部に昇格。国内全店規模で禁煙化実施するなど、業界を驚かすことも多く、2020年3月現在、その店舗数は277店舗に及んでいる。
しかし、「串カツ田中」の1本足打法であり、「串カツ田中」につづく第二のブランドの育成が、急がれている状況だった。

第二のブランド創り。第二の矢が放たれる時。

「セカンドアローは、まさに第二の矢、ブランドを構築するために生まれた会社です。『みたのクリエイト』さんから、鳥と卵の専門店 『鳥玉』 を譲渡いただきスタートします」。
その新会社の社長に就任されたわけですね? 期待が大きいぶん、プレッシャーも大きいのでは?
「鳥玉は、『鳥 on the stage』、つまり『鳥の、鳥による、鳥のためのステージ』というのが店舗コンセプトです。沖縄県内に4店舗展開されていたブランドです。譲渡いただいたのが2月で、セカンドアローを設立したのが翌3月。出店は9月からのスタート。店長はいますが、まだ、私と、部長の2人です/笑」。
「ポテンシャルのあるブランドですから、当然、大事に育てていきたいですね。フランチャイズは、来年春からスタートする予定です。当然、プレッシャーはありますが、『鳥と卵』という食材にフォーカスしたユニークなショップなので、かなり面白いんじゃないかと、わくわくした気持ちのほうが大きいですね」
和名で、「第二の矢」という社名も、コンセプトも明確でいい。とはいえ、「串カツ田中」の第二のブランドという限り、店舗数だけではなく、その経営にも注目が集まるのではないか。
むろん、大須賀氏が行うのだから、抜かりはない。ただ、店舗数の拡大だけがミッションではない。飲食の生産性の向上や、スタッフの価値向上をどこまで実現できるか、そこが、大須賀氏に課せられた使命。それができた時、初めて第二の矢が放たれたといえるかもしれない。
ちなみに、『鳥玉』のホームページには、「毎日食べたい。でも家庭じゃ真似できない。そんな鳥と卵の料理」とある。たしかに、家庭じゃ真似できない、鳥と卵の料理なら、だれもが食べたくなるに違いない。ぜひ、一度、そちらもみて欲しい。来年春からの、フランチャイズスタートも待ち遠しい。

・・・続き

株式会社セカンドアロー 代表取締役社長 大須賀伸博氏