2018年5月16日水曜日

1年前から練っていた新企画、次のステージに・・・・。

「飲食の戦士たち」に続くキイストンの強い武器作りのため、1年以上前から考えていたことをいよいよ形にする手前まで来ています。
皆さんに力になって頂き、世に役立つことしていきます。

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戦略型総合人材採用サービス会社キイストン

2018年5月15日火曜日

株式会社GRAST 代表取締役 和田賢次氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社GRAST 代表取締役 和田賢次氏登場。
本文より~

やんちゃな力持ち。

むかつくと、スグに手が出た。小学生の頃の話である。担任からは「あなたはもう大人のちからなんだから、加減しなさい」と注意されたそう。いま身長は180センチだが、当時から背が高く、ちからが人一倍、強かった。そのうえ、とにかく喧嘩ぱやい。
「小学3年で埼玉に引っ越すんですが、転校初日から、むかつく奴がいたんで殴っちゃいます。そういうこともあって、一時期、仲間外れにされてしまうんです。あの時は、さすがに参りました。誰もいないって、こういうことなんだって。それで反省して、だんだん大人しくなっていったような(笑)」。
喧嘩では大人しくなったが、3年生からはじめた野球では、試合の度に大暴れした。「小学校の時は、それなりに評価されていたと思います。もちろん、小さなエリアで評価されていただけですが」。

大逆転劇。

「そう、小学校では、少しばかり評価はされていたんですが、中学になるとぜんぜんです。ピッチャーで、四番。あ、一時期、センターも守っていましたが、だいたいピッチャーです。もっともノーコンなんですが」。
野球が人より巧いかどうかでいえば、少し、巧かった。ただ、少しのレベル。にもかかわらず、突然、「甲子園へ行こう」と思う。
「私の2つ上に近鉄に行かれた吉岡さんがいらっしゃるんです。甲子園に出場した帝京の試合で吉岡さんを観て、『これだ』って思うんですね。だから、めざすは甲子園。進むのは、帝京です」。
その話を聞いて耳を疑った。帝京高校といえば、スーパースターばかりのはずである。目立たない、野球少年が入れるはずがない。「そうなんです。セレクションではもちろん落ちます。セレクションを『落ちる』というのは、入学も『あきらめろ』ってことなんです。だって、一般入学となると偏差値60です。とんでもないカベです」。とんでもないのは、野球のレベルで言ってもおなじではないのだろうか。だが、和田氏はそうは思わない。
「それで、生まれてはじめて猛勉強です。私にとって偏差値60なんて、ぜんぜん手が届かない。それでも、あきらめなかった。結果、一般で合格して、野球部に。そしたら、私を落とした監督が目を剥いて、『なんで、お前がいるんだ』みたいなね。ええ、大逆転勝利です」。
たしかに、大逆転である。しかし、まだ帝京に進んだだけ。いまからが本番だ。甲子園。セレクションにも落ちた選手になにができるんだろうか。

エースで、四番。帝京高校の伝統をつぐ。

「中学時代にもおなじチームに私より、巧い奴はたくさんいました。でも、あいつらは有名な高校に進まなかった。もちろん、私なんて、声がかかるような選手じゃない。高校に入れば、さらに巧い奴ばかりです。でも、なんでしょう。動揺もしなかった。相手が巧いかどうかっていうのも、ピンとこなかったんでしょうね」。
「そりゃ、練習はしました。練習は8時くらいに終わって、そこから筋トレです。通学は1時間少し。授業中が、睡眠時間です」。
名もない選手が、実は、2年から控え投手となって春・夏の甲子園でベンチに入り、3年の秋大会ではエースで四番となった。「私らの代がいちばん、あかんかったんです。エースで四番っていうのは、帝京の伝統なんですが、そのエースで四番の私がだめなんですから」。
秋大会では国士館に、13対6という大差で負ける。和田氏の世代は、これで、終焉である。「スピードは、140キロは出てなかったですね。コントロールもよくなかった。打つのはいい。たしかに打ったらとぶ。それでも、ホームランは20本くらいです」。充分である。しかし、和田氏の高校野球は、幕を閉じる。ただ、それでも、ふつう考えれば凄いの一言である。名もなきところから、トップまで登り詰めたのだから。結果だけではない。何より凄いのは、心を折らなかったことだ。
「あの時くらい、しんどく、辛かったことはないですね。練習だって、そうです。あれ以上、辛いと思ったことは、まだないです。もちろん、国士館に負けた時もそうですね。べつに不調じゃなかった。好調なのに、どこに投げていいかわからなくなってしまった。そんな経験もはじめてでした。辛い経験です。でも、そのおかげで、何があっても、もう心は折れない」。
大会で負けたその日、ベランダで、1本の「たばこ」を吸った。はじめて吸った「たばこ」は、どんな味がしたのだろう?
・・・続き
株式会社GRAST 代表取締役 和田賢次氏

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2018年5月9日水曜日

株式会社鷹丸 代表取締役 相原正孝氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社鷹丸 代表取締役 相原正孝氏登場。
本文より~

私の運をぜんぶあなたにあげるから。

馬から落ちた。いい具合に落ちないと怪我をする。「あれって、前に落ちちゃうとだめなんです。だって、馬にふまれて、ボロボロになっちゃうから」。
今回ご登場いただいた相原氏が、まだ20歳前後の時の話である。兵庫県の尼崎から上京した相原氏は、ジャパンアクションクラブのオーディションに一発合格。もっぱら時代劇に出演し、切られ役や落馬役を演じていた。
「千葉真一さんにも何度か会いましたよ。なけなしで上京しましたが、採用いただいたおかげで生活には困りませんでした。給料は月8万円でしたが、寮も飯もありましたからね。もっとも貰ったのは、ちょい役ばかり。だから、給料はぜんぜん上がらない。実は、オレが23歳のときに、同じジャパンアクションクラブにいた今の奥さんと知り合って、彼女はTVにも出ていたりしてたんですが、『オレがいいって』いってくれて。それで、2人して辞めたんです。月8万じゃ、まともな生活ができませんから。それからいっしょに住んで、籍も入れて。オレのほうは水産会社に転職して。2人の生活が始まるんです」。
相原氏は、むろん、奥様に生い立ちからの話をされている。
「うちの奥さんは、とにかく強運で、TVに出てもすぐにいい役をもらうような子で。そんな強運の彼女が、オレの話を聞いて『わかった。私の運をぜんぶあなたにあげるから』って、いってくれたんです。そうだね。運かどうかはわからないですが、彼女と出会ってからオレの人生は確かにかわりました。くすぶってばかりの目の前が急に開けたような」。
そんな大事な奥さんが仕事ばかりに熱中する相原氏に愛想をつかして、出て行ってしまった時には、さすがに相原氏も途方に暮れるしかなかった。
「そう、あの時は、オレもヤバイな、と思って。彼女の故郷の北海道に行ったりして。ええ、もちろん、彼女は子どもといっしょに無事、帰ってきてくれたんですが、代わりに1週間くらい、その時、世話になっていた水産会社の仕事をさぼったから、クビになっちゃっいました。いや、正確にいえば、オレが『辞めてやる』っていったんだった/笑」。

少年、独り。

相原氏が生まれたのは、1972年1月25日。複雑な家庭環境だったそう。それでも、父親が経営する会社が傾くまでは仲のいい家族だったという。「うちの親父はとにかく酒飲みで。酒飲んで仕事をするような人で、オレもさんざん殴られて育った。それでも、小学校3年までは飯も食べることができたし、幸せでした。でも、それからは借金取りが来たりして」。
正義感が強かったのだろう。小学3年生の相原氏は、木刀を持って借金取りたちに立ち向かったそうだ。「親父が逃げて、おふくろがオレたちを育ててくれました。でも、いつだったかな、オレが14歳の時に、おふくろが問題を起こして姿を消すんです。最後にオレたちにつくってくれたのは、白ごはんとにぼしを醤油で炒めただけのおかず」。
当時、相原氏は14歳。年の離れた弟は施設に引き取られたが、相原氏は頑なに拒み、住み込みで仕事ができる居酒屋を転々として暮らしたそうだ。どうやってだか思い出せないが、中学校にも何度か行ったことがある。
「あの頃は、暴走族で。あかんこといっぱいしていましたね。でも、ふつうだったら、中卒で終わりなんでしょうけど、オレは、友だちが通っている塾に潜り込んで、3ヵ月くらいやったかな。ただで勉強させてもらって、尼崎産業高校って高校に進学します。授業料とかは、奨学金かなんかで、なんとかなったんやったと思いますが、制服を買うことができなかったから、そやね、1ヵ月くらいで卒業してしまいました/笑」。
高校を退学したあとも、就職もせず、その日暮らしのような日々だった。独りになってから4年。18歳の時。「友だちに伊藤って奴がいて、そいつがダンサーになるために上京するいうんですね。で、『じゃぁ、オレは役者になるわ』いうて、土方をして1万円もらって、それを財布に仕舞って新幹線に飛び乗ったんです」。
行いはけっしてほめられたものではなかった。しかし、奥様には「運」がないように映ったのだろう。だから「運をあげる」といった。
・・・続き
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2018年5月7日月曜日

さあ、新企画いろいろスタートします。

さあ、キイストンが関わる新企画、いろいろスタートします。
第1弾.日刊ゲンダイの新連載、飲食のプロで食べ歩き大好きな飲食経営者により食い倒れ日記スタートします。
飲食経営者との接点が、おそらく日本で最大級だと思っていますので・・・(笑)
(日刊ゲンダイより)
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戦略型総合人材採用サービス会社キイストン

2018年5月6日日曜日

右足首骨折・・・(涙)

3月20日右足首骨折・・・。
26日に手術し1ヶ月以上経ちましたが、まだ骨が引っかず(涙)

高校3年の夏、野球の練習中に同じ右足首骨折したので人生2回目です。
そのときはかなり複雑骨折でしたが、今回は骨折だけですがこの歳になるとなかなか時間かかりますね。
6月までは松葉杖必要かな・・・・。

2018年5月5日土曜日

19歳の新人営業マン現る!

4月16日入社した営業未経験の19歳新人営業マンのM君。
なんと2週間で初受注!!
キイストン最年少受注更新です。
また社長取材も7社とこの勢いでいくと1ヶ月で20社は取ってくれそうです。
普通に売れる営業マンではくめちゃくちゃ売れる営業マンに育て上げたい。

年度内であと営業マン2人増員を計画しており、ダイヤモンドの原石の20代を発掘したいです。
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戦略型総合人材採用サービス会社キイストン