2007年8月29日水曜日

セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第五回 『なぜ、売れるのか?』 ㈱商売科学研究所 所長 伊吹卓



■客に嫌われない人がトップ・セールス
 私が「人間は嫌なことに敏感だ」ということに気づいたのは、もう三十年も前のことです。
 ㈱ぺんてるの堀江幸夫社長(当時)が、閑を見つけては、問屋、小売店を訪問し、「うちの商品に対してお客様から苦情は出ていなかったでしょうか」と聞き廻ったという記事を、ある本で本で呼んで印象に残りました。(変な人もいるものだ)というていどでしたが、その後、松下電器のことを書いた本の中にも同じようなエピソードが見つかったとき、イメージが一気に拡がりました。そこで有名な社長の伝記のような本を数十冊調べてみました。そうしたら、同じような実例が続々見つかりました。そういうことをまとめて『なぜ売れないのか』(伊吹卓 PHP研究所)を書いたらベストセラーになりました。
 その本を書いたときにはまだ気がついていなかったのですが、『着眼力』(伊吹卓 PHP研究所)を書いてしばらくしたころ(私は商売上手の秘訣をこの二冊の中に一つずつ書いていたのだ)と気づき、苦情法、着眼法と名前をつけ、講演会で話すようになりました。
 中尊寺ゆつこという漫画家が「こどもと育つ」というエッセー(日本経済新聞 2001.8.7 夕刊)の中で「親になってみると今まで見えなかった色々なものが急に見えてきた」と書いています。それと同じことが苦情法にもいえます。苦情が大切だということに気づいて注目していると、今まで見えなかったことが続々見えてくるのでした。その実例をいくつか紹介してみましょう。



 日本生命のセールス・レディの中でベストテンに入るというトップ・セールス・レディに会ったとき、彼女は「私は、今日は疲れたな、と思ったら仕事をやめて帰ることにしています」といいました。私は(あれ?)と思いまして、心に引っかかるものがあり、印象に残りました。
 明治生命のトップ・セールスマンとして有名な阪本享一さんは、つぎのようなことをいいました。「私はお客様の会社につくと、まずトイレに入って鏡で自分の顔を見るのです。疲れた顔をしているなと気づいたら、ニッコリ笑って元気な顔をつくり、その顔がくずれないようにして会いに行きます」
 こういう話が、人は嫌なことに敏感だということを考えているうち、すべてつながってきました。彼らはやはり、言葉ではないコミュニケーションを敏感に受け止めていたのです。


■表情のコミュニケーション力60%
もう一度、カリスマ店長の失敗談を思い出してみましょう。
 彼女は、売りたい、売りたいの一心でした。そして、そういう気持ちがいけないのではないか、と気づきました。そこで思いきって、店へ来てくださってありがとう、商品を見てくださってありがとう・・・というように「ありがとう」だけを思うようにしました。そのようにしたら、急に売れるようになったのです。
 それは、自分の立場を捨てて、お客様の気持ちだけを考えるということです。そのように
していると、どういうわけか売れるようになるということなのです。
 でも、納得できるでしょうか。私は、そのことを事実として認めざるを得ないと思いつつも納得できませんでした。そのまま数年が過ぎました。そして、たまたま買った本の中で驚くようなデータを見つけました。それは、二人が対応しているとき、三つのコミュニケーションが流れており、言葉によるコミュニケーションは8%、声によるコミュニケーションが32%、表情によるコミュニケーションは60%というものでした。表にすると、つぎのとおりです。


 ◎二人の間の三種のコミュニケーション
1 言葉ーーーーーー8%
2 声 ーーーーー32%
3 表情(態度)ーー60%
(『最高の自分を見せる法』佐藤綾子 PHP研究所 参照)


 私は、このデータに共鳴しました。(そうだったのか。それで、やっとわかった!)と思いました。そこで、営業マンや販売員の研修会で、これをアンケートの形で活用してみました。
つまり「三種のコミュニケーションのうち、言葉は何%くらいだと思いますか」とたずねて、一人ずつ答えてもらうのです。その結果「言葉が100%」と答える人から「言葉は10%くらい」と答える人まで、さまざまに分かれました。そして、言葉に頼っている人ほど売れないこと、言葉の評価が低い人ほどよく売れているということがわかりました。
 ある紳士服の量販店の研修責任者などは、「商品をよく知っている人ほど売れません。説明しすぎて嫌われるのです」といっていました。
 このように「トップ・セールスマンの謎」が一つずつ解けていくような気がしました。しかし、もう一つしっくりしないものがありました。それは、カリスマ店長の失敗談の中にかくれています。(ありがとう)と心の中で念じるようになったら、どういうわけか売れるようになったという話がありましたが、あれはいったい何なのでしょうか。



■「波長が合う」という不思議なコミュニケーション


 私は、五十歳のころから本格的に講演をするようになりました。今までに研修会も含めて二千数百回も人の前で話してきました。そういう経験の中で、お客様との間に不思議なコミュニケーションがあることに十数年前から気づいていました。
 ある講演会は静かで「冷いもの」を感じました。そのあと一週間ほどたってからやった別の
講演会は、同じように静かでしたが「暖いもの」を感じました。私は、このことが気になってしかたがありませんでした。(何だろう?)(何だろう?)と思いつづけてきました。
 ある洋装品組合の研修会のとき、組合長と同じ部屋でとまることになりました。二人で部屋
に入ったとき、組合長にいわれるのです。「伊吹さん。あなたとは波長が合いそうですね」その晩は、事務局長もやってきて深夜まで語り明かしたものでした。「波長が合う」とは、ときどき聞く言葉ですが、ムード的な言葉であり、何のことかさっぱりわかりません。ところが、前に紹介した『色の秘密』という本の中に「脳波」のすごい伝達力のことが書いてありました。
つぎに紹介します。
「私たち人間の意識や無意識は、X線が透過できないほど濃密な固体も貫通することができる。思考も一連の波長を持つ振動である。人間の意識の振動は介在するすべての固体を通過して、テレパシー(精神感応、思念伝達)として数百キロを瞬間的に旅することができる」
 私は学生のとき、不思議なことを体験しました。兵庫県の姫路から岐阜の自宅へ急に思い立って帰ったとき、母がいうのです。「お前が帰ってくるのはわかっていた。昨夜、夢を見たから帰ってくるだろうと思っていた」
 私は、さっぱりわからずポカーンとしていましたが、子のことを思いつづけている母には、こ
ういうことがよくあるようです。そして、こういうことをテレパシーというのです。遠くの人にさえ通じるのです。まして目の前にいる数百人の人の脳波を受けて、私が「冷い」とか「暖い」とか感じたのは、当たりまえのことだったかも知れません。


                       *


 トップ・セールスマンといわれる人々は、不思議に売れます。どの会社でも販売力を上げようとして、営業マンの研修会をやっています。しかし、なかなか成果が上がりません。それは、
研修会のやり方が間違っているからです。
 トップ・セールスマンの本質は、カリスマ性です。感性です。そしてその感性はだれでも持っ
ているものです。私は、その感性を生かす研修会をやっています。そのようにすると不思議な
ほど売れるようになるのです。


セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第四回



■カリスマ店長の失敗談
 ある婦人服店の店長に聞いた話です。
 その店にあるお客さんが来ました。熱心に商品を見ています。店長が近寄って話をすると機嫌よく聞いてくれます。そこで(これなら数万 円は売れそうだわ)と思いました。
それなのに、しばらくしたら何も買わないで帰ってしまいました。店長は(あれ!?どうして!?)と思い ました。
 そういうことが三回も、四回もつづきました。疑問はいっそう深まりました。
 (何かが変だ。何だろう???)と思いつづけているうち、ふと気づきました。
 (私はいつも「これなら売れそうだ」ということばかり思っている。それは売りたい、売りたいと思っているからだわ。そうだ、そういう さもしい気持ちが気づかないうちにお客様に伝わってしまうのだわ。わかった。これからは、売りたいという気持ちを捨てよう。私の店に 来てくださってありがとう。商品を見てくださってありがとう。私の話を聞いてくださってありがとう。長い時間、店にいてくださってあ りがとう。ただ「ありがとう」という気持ちだけでおもてなしをしよう)そのように心に決めました。
 それからです。不思議なことが起こったのは。



 どういうわけか、お客様が増えてきました。そして、どんどん売れるようになったのです。
 私は、この話を聞いたとき、不思議な話だと思うだけで、さっぱりわかりませんでしたが、感動したので忘れませんでした。
 それから数年たったころ、大阪の婦人服販売店の優良店の経営者を集めた所で講演する機会をいただきました。そこで、例の店長の感動 した話を紹介しました。そうしたら、女性経営者だけが敏感に反応するのです。
 私は(さすが優良店の経営者だ)という思いと(男性経営者が鈍感であること)の二つをしっかり印象に残しました。
 私は「心理的コミュニケーション」というものの不思議さに、いっそう興味を持つようになりました。そういうことにこだわっているうちに、三つの興味深い情報を見つけました。


1 目のコミュニケーションの支配力は87%もある
2 人間は「好きなこと」に比べて「嫌なこと」には数万倍敏感である
3 言葉のコミュニケーション力は、わずか8%にすぎない
4 脳波は一瞬のうちに地球を一周する


■非言語コミュニケーションの退化
 昔から「目は口ほどに物をいい」といいます。
 『読心術』(多湖輝 光文社)というミリオンセラーもあります。
 それは、言葉を使わないコミュニケーションが存在しているということを示しています。
 ところが、現代は言語コミュニケーションの時代です。マスコミ媒体が発達して、ぼう大な言語情報が、社会を埋めつくしているからです。
 このような状況の中に住んでいると、言語情報と非言語情報の量の差は、百対一、いや千対一というように、言語情報が圧倒的に多くな っていることに気づくのです。
 人間の体は、どの部分でも使えば発達します。逆に使わなければ退化します。
 現代人の私たちは、聞くマス・メディアにふれることが非常に多くなっています。テレビもラジオも機械です。それは一方的なコミュニ ケーションです。コミュニケーションはツウウェイ、つまり、相互に、両方から話してこそ心がかようのです。互いに相手の態度や表情か ら何かを感じて歩み寄っていくことが大切です。そして、そういうことが、非言語コミュニケーションの能力を育てているのです。そのこ とを思うと言語情報のはん乱が、非言語コミュニケーションの能力を退化させていることがわかるでしょう。人の心をつかめなくなったのは、そのためです。
 人の心がつかめなくなると、友人ができなくなります。このごろ、うつ病や閉じこもりの
人が多くなって社会問題になっていますが、そ の最大の原因は、非言語コミュニケーション能力が退化したということにあるのです。
 非言語コミュニケーションは、すべて直観的なもので、五感の感覚器管を使っておこなわ
れています。
 ある心理学者が「人間の行動は五感によってどのように支配されているのだろうか」とい
うことに疑問を持ちました。大変な苦労と努力 の結果、思いがけない結論に到達しました。
つぎのとおりです。
  
◎五感の働き
 ・視覚ー87%
 ・聴覚ー7%
 ・触覚ー3%
 ・嗅覚ー2%
 ・味覚ー1%
 (『色の秘密』野村順一 ネスコ㈱参照)
 
この表を見ると、視覚(目)の支配力が圧倒的に大きいことがわかります。
 私たちは「コミュニケーションは、言葉でいい、耳で聞くことが主だ」と思っているものです。
ところが、それは錯覚なのです。私たち の行動を支配しているものの大部分は、視覚だった
のです。
 このようにいうと疑問が生まれるかも知れませんが「目は口ほどに物をいい」という言葉に
象徴される非言語コミュニケーションのこと を思い出すとよいでしょう。
 ぜひ、非言語コミュニケーションに注目してください。そのようにしていると、人間の偉大さ
が、ますますわかるようになるでしょう。


■人が嫌がることに敏感な人がカリスマだ
 ここで思い出さねばならないのは「人間が感情の動物である」ということです。そのことは
毎日、マスコミで報道されている事件のこと を思えば改めて自覚できることです。
 私たちは、喜怒哀楽の感情に支配されています。喜怒哀楽と四つに分類していますが、
その中でも「怒り」というものがケタ違いに強烈 です。殺人事件や戦争は、すべてこの怒り
から生まれてきます。
 ギリシャの哲人セネカは「人間の頭脳の奥には悪魔がかくれている」といいました。
 人間は怒ると狂人のようになってしまうのです。どうして、このようなことになるのでしょうか。
 ポッカ・コーポレーションの高木富三副社長(元)は、そのことをつぎのようにいいました。
 「人間は嫌なことに数万倍敏感である」
 確かにそうです。私たちは、よいことには鈍感ですが、悪いことに対してはきわめて敏感な
のです。そして(嫌だ!)と心の中で思うと、 すぐ表情や態度の中に出てしまうのです。そして、ここに「カリスマ・セールス」を理解するカギがかくれています。
 私たちは「トップ・セールスマンは、何をしているから売れるのだろうか」と考えがちです。し
かし、それは錯覚なのです。トップ・セ ールスマンは、客が嫌がることをしないように最大の努力をしているのです。そのことは「カリスマ店長の失敗談」を思い出していただく と納得でき
るでしょう。
 カリスマ店長の失敗は、心の中でひそかに(数万円売れる!)と思ったことでした。それは気
づかないうちに売りたがっているということ です。押し売り的ムードを、匂わせているということです。お客様は、そのようにささいなことにも敏感なのです。
 私にも客として同じような経験があります。


2007年8月23日木曜日

セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第三回



■霊長類のことを英語では「第一の動物」という
「商売上手の二大秘訣」の一つの「着眼法」は「百聞は一見にしかず」ということわざの原理を生かしたものです。「見るということ」には、偉大な働きがあるのです。そのことを「眼力」といったりします。
私たちは見ることによって、簡単に判断するものです。だからこそ「見合い」や面接ということが、重視されているのです。
英語のことわざで「見ることは信じることである」といっていますが、不可解なことでも見ると納得できるものです。
「見る」ということには、不思議な力がしかし、私たちはそのことを忘れてしまっているのです。
そのことを教えてくださったのは、京都大学霊長類研究所の河合雅雄教授(当時)でした。先生はいわれました。
「『人間は目の動物だ』と動物学者はいっています。そして、『犬は鼻の動物』といっています」
「犬の嗅覚の鋭さは人間の嗅覚の二百万倍から二千万倍にもなります。どうしてこんなにあいまいかというと、犬の嗅覚を測る物差しがないからです」
犬の嗅覚の鋭さについては経験している人が多いでしょうが、二百万倍、二千万倍というぐあいに聞くと改めて驚かれることでしょう。



このような"超能力"はすべての動物が何か一つを持っています。何万キロもの遠くへ渡っていく渡り鳥や、何万キロもの遠くから生まれ故郷の川へ帰ってくる鮭の話も不思議ですが、実はすべての動物が他の動物と比べると、数百万倍~数千万倍も鋭い感覚を一つ、持っているのです。人間も動物ですから一つ持っているのです。そのことを動物学者たちは人間は目の動物といっているのです。つまり、人間の目は他の動物と比べると、数百万倍から数千万倍鋭いということになります。
このようにいうと疑問が一つ浮かびます。それは「鳥のほうが視力がよいのではないか」ということです。ワシやトビという鳥は、数千メートル先のウサギを見つけるといいます。これは、いわゆる「視力」の話です。視力なら人間は決して動物界の超能力者ではありません。それなら何が他の動物と比べてダントツにすごいかというと「眼力」です。
眼力という言葉はあまり使われなくなりましたが、それは「観察する能力」(『広辞林』三省堂)のこと。つまり、見て、推察することです。そのようにすると、頭脳の中に蓄積している情報と組み合わせて、すばらしい判断ができるのです。


■犬は華の動物 人間は眼の動物
眼力は観察する能力のことですが、このように言い換えても何のことかさっぱりわかりません。しかし、つぎのような言葉を列記すると急にイメージが、はっきりしてくることでしょう。
観察、推察、洞察、明察、賢察。要するに察するとは「事情や心中をおしはかる、推量する、予想する、判断する」こと(『広辞林』)なのです。「判断する」という言葉をたしかめると、もっとはっきりしてきます。
「判断」──占い、吉凶の見分け(『広辞林』)
つまり、観察とは、見て察して判断することです。これは、きわめて不明確な思考作業です。だから説明しにくく、わかりにくいのです。もちろん、頭脳の中の働きですから目には、見えません。しかし、それが人間にとって「超能力」ともいうべき、最高の頭脳の働きなのです。
あるアンケートで頭脳の働き(───記憶力、発想力、説得力、判断力など)の中で、どの能力が一番欲しいかということをたずねたら、第一位になったのは「判断力」でした。
このごろのようにコンピュータが普及してきますと、ますます記憶力の価値はさがり、判断力の価値が高くなってきます。
このごろデジタル家電、デジタル・テレビなどといって、しきりに「デジタル」という言葉が流行していますが、人間自身にとっては反比例するように、アナログ性が重要になってきます。それは眼力──判断力──直観力のことです。
コンピュータは所詮、機械です。機械は道具です。道具は使うものであって、道具に使われてはいけないものです。
コンピュータを使うためには、判断力を育てなくてはなりません。判断力を育てるには、たくさんのものを見て廻るということが大切です。見て、見て、見まくる、ということです。そういうことをやっていると不思議なくらい発想力、直観力が伸びてきます。だから「ヒット塾」では「三時間ウォッチング」の宿題をいつも与えているのです。
「何を見たらよいですか」とか「見るコツを教えてください」というような質問には、いっさい答えません。
「売り場で三時間見ていなさい。そういうことをしているうちに気づいたこと、感じたことをメモしておいてください。それを来月、ここで全員一人づつ発表してもらいます」といって突き放しています。
そのようにしないと、観察力が育たないのです。
観察力が育ち始めると、ウォッチングすることが楽しくなります。そして、頭脳の中にかくれていた「天才のソフト」が動き始めます。
ヒット・メーカーは、このようにして育つのです。


■霊長類不思議な力を持つ動物
私は五十歳まで電通にいました。そして、広告を作る仕事をしただけで、人を育てるという仕事をしたことがありませんでした。そういう私なのに、偉大な経営者がやっていた「商売上手の二大秘訣(苦情法・着眼法)」を活用したら、ヒット・メーカーが面白いくらい育ってくるのでした。本当に不思議でした。
その不思議さに注目しつづけているうち「霊長類」という言葉が気になるようになりました。
「霊長類」とは。動物分類の名前で、ヒトやサルが所属しています。 それにしても「霊長」とは変な言葉です。辞書を見ると「霊長=不思議な力を持つかしら」(『広辞林』)と出ています。
ちなみに「霊」がつく言葉は、つぎのようにたくさんあります。
霊鳥、霊湯、霊泉、霊峰、霊木、霊夢、霊物、霊薬、霊腕、霊芝、霊水、霊香、霊窟、霊気、霊雨、霊域
これらの言葉の意味を辞書で確かめると、すべてに「不思議な水」「不思議な木」というぐあいに「不思議」という形容詞がついてきます。
でも、不思議というだけでは何か不満です。そのことにこだわっているうち「霊長類」のことを英語ではどのように表現しているのかと思いつきました。そこで和英辞書を引いてみたら「primates(プライメーツ)」と出ているのです。総理大臣のことをプライム・ミニスターといいます。大臣の中の一番の人という意味。つまり、プライメーツとは、動物の中で一番上という意味です。そういえば、動物の中で一番強いのはライオン、そして、イギリスの王室の紋章がライオンになっています。これが、西洋人の考え方なのです。
そこで私は気づきました。人間観(──人間というものをどのように見るかということの考え方)が西洋と日本とでは、大きく違っているということです。
日本人は、人間が不思議な力を持つ物と見ているのです。その証拠に、偉大な人を祭った神社がたくさんあります。
不思議な指導力を持った人のことを「カリスマ」といいます。
このごろ、カリスマ美容師、カリスマ店員、カリスマ経営者という言葉が流行しています。
人を引きつける不思議な力は、引きつけられる人にも不思議な感受性があってこそ成り立ちます。つまり、すべての人間が不思議な感性を持っているのです。このことに気づかないでいると、どんな仕事をしてもうまくいきません。
日本人は全体的に「霊長」的感性に富んでいたのです。だから経済大国になれたのです。しかし、私たちにとって、それは自覚しにくいことです。でも、日本人に商売上手な人が多いのは、そのためです。


セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第二回



■君が作った広告で売れるのか?
私は二十七歳のとき、コピーライターとして電通に入社しました。
私は一日も早くプロになりたいと思って、本を買いあさり、勉強しまくりました。そして、三十歳のとき、投じ、電通大阪支社の第二位の大広告主であったS社を担当することになりました。
 私はデザイナーと組んで一生懸命アイデアを考え、三案作って提案に行きました。S社の営業部長は私が提出した広告をひと目見ただけでいいました。
「君が作った広告で売れるのか」
「―――――」
 私は絶句しました。
 あまりにも思いがけない言葉でした。私が勉強してきたことのなかには、そのような考え方はまったくなかったのです。私は強烈なショックを受けました。頭の中で爆弾が破裂したようで、頭の中がまっ白になりました。そのあと、いろいろな思いが走馬灯のようにクルクルと回りました。
(何も知らない!)
(いったい、何を勉強していたんだ!)
(そんなムチャクチャな質問のしかたがあるか!)
(そんなことがわかるのなら、おまえの会社の社長になってやる!)
(おまえにそれがわかるのか!)
(偉そうなこというな!)
(ぶっ殺したろか!)
(いや、怒るな。怒ったら首になるぞ!)



 書くと長い時間のように見えるでしょうが、ほんの数秒のことでした。黙っている私に対して叱責が飛んできました。
 「返事ができないのは、売れない証拠だ。作り直してきなさい」
「―――――」
これにも絶句でした。
私はすごすごと帰るしかありませんでした。私は、帰りのタクシーの中で大葛藤をしていました。
(こんなイヤな商売やめてしまおうか?)
(ちょっと待て。プロなら、あの質問に答えることができたに違いない!)
(そうだ。俺はまだアマチュアだ。一流の仕事をしたことがない。そうだ。プロになろう。今に見ていろ。「俺が使った広告なら売れるのだ!」といえる人間になってやる!)
 そこまで考えたとき、私の心は静まりました。


■「売れるかどうか」がわかる人になりたい!
私は会社に帰って先輩に事情を話して、たずねました。
「こういうときには、どのようにいったらよいのですか」
「そういうときには返事をしてはいかん。『この広告では売れません』などといってみろ。売れなかったとき電通が責任をとらなくてはならん。そうかといって『この広告では売れません』などといってみろ。話にならんだろ。だから困ったふりをして、もじもじとしているのがコツだ」
「―――――」
私は心の中で反発していました。
(先輩はかしこい。そういうふうにしていれば、なんとかなるかも知れない。でも俺はいやだ。なんとか『売れるかどうか』がわかる人間になりたい!)
 私はそのように心に決めてしまいました。
「決心」という言葉があります。
 だれでも知っている言葉ですが、決心にはピンからキリまであります。
 そのときの私の決心は、最初から一生をかけた決心でした。その証拠をいくつも思い出します。
S社へ行って一年ほどたったころでしょうか。ある広告主の社長に会ったときにいいました。
「私は『売れるかどうか』がわかる人間になりたいのです。」
そうしたら即座にいわれました。
「そんなことがわかったら、私の首をくれてやる」
私は心の中でつぶやきました。
(今に見ておれ。お前の首を取ってやる!)
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私は何百冊もの本を調べました。会う人、会う人にたずねました。しかし、「売れるかどうか」という判断術、判断力のことについてはまったく何も見つかりませんでした。そのことがかえって私の心を奮い立たせました。
 (そうか。『売れるかどうか』がわからなくて世界中の人たちが困っているんだ。もし、それがわかるようになったら、世界中の人が助かることになる。これは、すごいことだ。神様みたいではないか。そうだ。俺は神様になりたい!!!)
 「神様になりたい」などということは、狂気の沙汰です。そんなことは百も承知していました。だから私は、そのことを四十年間かくして、ただひたすら『売れるかどうか』がわかるようになりたいという道をまっしぐらに突っ走ってきました。そして、四十代の中ごろには「ヒット率百%の商品開発ができる」というイメージをつかんでいました。
 一度イメージをつかむと、そのイメージはスクスクと育ちました。そして十数年後の1992年にサンマーク出版から『ヒット率百%の商品開発』(伊吹卓)という本を出版してもらったのでした。


■「ヒット塾」からヒット・メーカー続々誕生
 私は三十年来のノウハウを投入して「ヒット商品を作るプランナーを育てるヒット塾」をつくりました。そのノウハウを心ある人に売りこんで、全国各地で「ヒット塾」をやってもらいました。そして、どこでやってもヒット・メーカーが育ちました。
 それにもかかわらず、それらの「ヒット塾」は一つを除いて、すべて中止になりました。その一つが大阪の「ICIマネジメント」(中村哲夫 ℡ 06-6377-1515)主催の「売れる商品開発塾」です。
 この開発塾は、おかげさまで第二十四期に入っています。そして、すでに数十名のヒット・メーカーや成功者が育っています。
 ある大手の企業では、単独に三十名のプランナーの研修会を月一回(一年間)でやらせてもらいました。そして、その研修期間中に三つのヒット商品が生まれました。その一つは、二年間で五百万個弱も売れました。私は改めて「ヒット塾」の不思議さを再認識したのでした。
 このようにいうと誤解をされそうですが、ヒット塾のノウハウは実は、偉大な経営者の経営ノウハウを五十年間研究して再構築したものにすぎません。そのバックボーンは「商売上手の二大秘訣(苦情法・着眼法)」です。
 この二大秘訣にはいくつものサブ・システムとしてのノウハウがあります。それらをカリキュラム(教育課程)として六ヶ月にアレンジしたのがヒット塾です
 ヒット塾の特色は実践主義、体験主義です。つまり、講義はきわめて少なく、塾生一人ひとりに宿題が与えられ、翌月、それを全員が発表するのです。
 「商売上手の二大秘訣」を根本原理とした宿題を六ヶ月やり続けていると、だれでも頭脳の中に持っている「天才のソフト」が、外へ出てくるのです。
 「人は皆、天才」なのです。ところが、この「天才」は理性に弱いのです。つまり知識をたくさん持てば持つほど、かくれてしまうのです。
 私は『人材革命』(伊吹卓 PHP研究所)の中で「人は教えるとバカになる」という原理を書きました。この原理は、まことに矛盾しています。偉大な経営者は、この矛盾を乗り越えたのです。
 この原理は、非常に説明しにくいものです。しかし、多くの人がひそかにそのことを感じているものです。私が書いた『バカになれる人ほど人望がある』(大和出版)がベストセラーになったとき、私はそのことに気づいていたのでした。
 人間というものは、不思議なものです。私は「売れるかどうか」に挑戦することによって、人間の不思議さを、数えきれないくらいたくさん発見したのでした。


2007年8月20日月曜日

セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第一回



■難しいことをいう人はわかっていないのだ
 イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん(元社長)の名著に『商いへの心くばり』(講談社)というベストセラーがあります。私はこの本の全体が好きですが、その中に「私はあたりまえのことしかしていません」「難しいことをいう人は、わかっていないのだと思うことにしています」という言葉があります。
 私は、この二つの言葉に特に感動しました。
 ある販売業の社長Pさんが会いに来られたことがあります。その人はずっと前にスーパーマーケットを経営していました。しかし、経営がうまくいかないので困ったとき、大成功をしているイトーヨーカ堂の社長に教えを乞いにいきました。そのとき伊藤さんが、Pさんにたずねました。
 「Pさん、あなたはチラシ広告をしていますか」
 「していますとも!」
 「そうですか。私はしていません」
 「えっ? どうしてですか」
 スーパーでチラシ広告をすることは当然だと思いこんでいたPさんは、びっくりしてたずねました。
 「チラシ広告は安売りの目玉商品を広告するものでしょう。当然、客引きのために限られた数の目玉商品しかありません。だから、せっかくそれを目当てに来たのに売り切れてしまっていて買えないお客さんがたくさんいることになります。それは、お客様をガッカリさせることです。私は、そういうことをできません。」
 「――――」
 「私はそういうことをするよりも、チラシ広告の広告費の分だけ、すべての商品を少しでも安くして、すべてのお客様に平等に安く買っていただきたいと思っているんです。」
 このようにいわれたのだそうです。
 そのときPさんは(こんなすごい人と競争していたのか。それでは負けてもしかたがない!)と気づいて、スーパーの経営をスッパリあきらめた、といっていました。
 このエピソードの本質は何でしょうか。



 それは、お客様の小さな不満にも敏感であるということです。
 残念ながら私たちは、他人のことになると鈍感です。それなのに、セールスで成功する人たちは、他人の心の痛みに対して非常に敏感なのです。


■売場で三時間立って見ておれ
 ずっと前のことですが(株)花王の社長の談話記事が日経流通新聞に一ページものったことがありました。記者との一問一答の部分にすばらしい話が出ていました。
記者:花王さんは販売計画をどのようにして作られるのですか。
社長:いえ。うちの会社では、販売計画のようなものは作っていません。そのようなものをつくると、押し売りなどをして、お得意様に迷惑をかけることになります。だから、やめたのです。
記者:それでは経営ができないのではありませんか。
社長:そういうことはありません。
記者:それでは、どのようにして経営なさっているのですか。
社長:そうですね。お客様がお困りになっていることを見つけて、それを一つずつ解決するように努力していると販売は自然に伸びるものです
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 それから数年たって花王の社長の講演をまとめた小冊子をある協会でもらったことがありました。その本の中に「全社員に閑を見つけて売場へ行き、そこで三時間、立って見ていなさい。気がついたことがあったら報告しなさい」という記事を見つけました。
 この記事を見つけてしばらくしてから、その業界(トイレタリー商品)のヒット商品ベスト10のリストが新聞にのりました。それを見て驚きました。十商品のうち六つが花王でした。次がP&Gで三つ。ライオンは一つでした。
 私が「商売上手の二大秘訣(苦情法、着眼法)」を発見したのは、この記事を見つける数年前のことでした。
 商品開発に限りませんが、世間をよく見て廻る人は、どういうわけか売れるようになります。そういうことを着眼法と私は呼んでいます。
 花王のところでのべた「お客様がお困りのことを見つけて改善しようとしていると、自然に販売が伸びる」ということは、苦情法と読んでいます。
 松下電器の創業者である松下幸之助さんも、苦情法、着眼法の達人でした。そしてつぎのようにいっています。
 「経営学は教えられますが、経営は数えるに数えられません」
 「聞こえない声を聞き、見えない姿を見る。それができないようでは経営者といえません」
 この二つの言葉は、あまり暗示的すぎてわかりにくいものです。しかし、苦情法、着眼法の立場から説明すると簡単なことです。
 「聞こえない声」とは「何かご迷惑をおかけしていませんか」と聞けばいくらでも聞こえてきます。「見えない姿」はじっくり観察していると見えてきます。それは、わかりにくいことです。しかし、じっくりやった人には必ずその偉大さがわかるものなのです。


■講義式の研修会は役に立たない
 セールスや経営は、学問ではなくて、行動術。やってみて、体得するものなのです。それは理屈ではなくて、感じることです。
 感じることは、感性。
 感性は、説明しても理解できないのです。
 プロのゴルファーは、一日千回、クラブを振るといいます。まさに体で覚えるのです。


 それと同じことで、セールスも経営も体で覚えるしかないのです。
 それなのに、講義形式の研修会がたくさんおこなわれています。
 ある大企業の営業出身の社長は「営業マンの販売力は研修会をやっても伸びない」と断言しています。
 しかし、営業マンの販売力を伸ばしたいという強い思いがあるのも事実です。
 そこで私は、苦情法、着眼法を活用した体験重視の研修方法を開発しました。このノウハウを活用すると短期間で販売力が伸びてきます。
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 私はもともと、電通で広告制作をしていました。広告制作の立場から「売る」ということはいつも考えていましたが、セールスマンをしたことがありません。それが私の弱点でした。そういう私が講師をして、二大秘訣型の宿題を出して実行してもらい、報告してもらうようにしていると、不思議なくらい販売が伸びてくるのです。
 このような研修ノウハウを私が開発できたのは、私にセールスの体験がなかったことが、かえってよかったのではないか、という気がします。
 トップ・セールスマンの人たちは、たいてい、すごい感性を持っています。そういう人が、すごい実績を背景にして講義をすると、ドラマチックで面白いことは間違いありません。しかし、それはそれだけのことです。
 あるトップ・セールスマンは本も講演もたくさんの実績がある人ですが「私の講義を聞いても、売れるようにはならない。トップ・セールスマンの本は単なる自慢話だ」といい切っています。
 トップ・セールスマンは「自分がなぜ売れているのか」ということの本質に気づいていないのです。私は、下手の横好きでウォッチャー(観察者)として数十年、成功者たちの研究をしてきました。そうしたら「セールス」「開発」「経営」のどの分野であろうとも、苦情法、着眼法の原理がかくれていることに気づきました。そこで、この原理を応用して実行してもらうようにしているのですが、実行するひとは必ず業績がよくなるのです。
 そういうことを体験しているうちに、人はだれでも天才的な才能を頭脳の中に持っているのだと思わざるを得ないようになりました。