本文より~
「パイロット」か「警察官」が、子どもの頃の夢。
白バイ隊員をめざして。
ともかく生田は白バイ隊員になるべく公務員ビジネス専門学校に進学した。
親許を離れ、新聞配達所に住み込みではたらかせてもらった。朝配達を終え、学校に行き、夕方、もう一度、配達する。それで学費も、生活費もまかなった。
むろん、学校もちゃんといった。しかし、公務員試験は当時の倍率で24倍。毎回、面接で落とされてしまった。合計、4回。21歳になるまでチャレンジしたが、白バイとは、縁がなかった。
代わりに出会ったのが、ラーメンである。
19歳から始まったラーメン人生。
「一蘭」の東京進出といっしょに生田も上京。六本木店店長からエリアマネージャーへ昇格し、20代半ばで450人の部下を抱えるまでになった。
「450人でしょ。もう一杯一杯です。会話の内容を忘れないように、450人の部下との会話を毎回メモっていました。それが私の20代半ばの限界でした。しかし、会社は更に出店をつづけます。2001年にも出店がつづき、休みもまったく取れなくなりました。2002年になってようやく休みが取れ、9日間、ニューヨークに行ったんです」。
このニューヨーク旅行が、新たな旅の始まりとなる。
