2013年2月5日火曜日

“四川飯店”の民権企業株式会社 代表取締役社長 陳 建一氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に“四川飯店”の民権企業株式会社 代表取締役社長 陳 建一氏登場。



陳建一
本文より~


父は、魔法使い。


陳氏が生まれたのは1956年1月5日。父はご存知の通り、日本の四川料理の父と呼ばれた陳建民氏である。建民氏が考案したエビのチリソースや麻婆豆腐は、いまや私たちの食卓をにぎわすようにもなっている。
「父の仕事場が、遊び場だったね」と陳氏。
父が中華鍋をふる。もくもくと湯気が立ち上る。中華包丁の音が小気味いい。食材が煮られる音。揚げられる音。料理人たちが交わす言葉。少年は、調理場の喧噪のなかで、食材と会話し、盛り付けられる瞬間の、料理人の声なき歓声を聞いていたはずだ。
「ほんとうはいけないんだぞ」と言いながら、出来上がったばかりの料理の味見をさせてもらったことも幾度かある。食べるのが好きだったこともあったが、陳氏が料理に興味を持ち、調理場を離れなかったのは、大好きな父の姿を近くで観ていたかったからだろう。
「まるで魔法みたいだったよね」と陳氏は振り返っている。学校のどんな勉強より、「料理」が好きだった。とはいえ、「子どもの頃から、将来は料理人になると決めていたのですか?」と質問すると、「いやぁ、それは違う。あの当時はみんなプロ野球選手でしょ」とさもそれが当然のように答えている。ちなみに、「フカヒレの姿煮」は小さいながらに「旨い!」と思ったそうだ。「生意気なガキだよねぇ」と付け足すことも忘れない。


父の動きを観て、料理の匂いを嗅ぎ、食材の音を聞く。そうして、鉄人は生まれた。


父の跡を継ぎ、料理人になろうと思ったのは高校生ぐらいから。玉川大学文学部英米文学科を卒業し、すぐに建民氏の下で本格的に四川料理の修行を開始している。
「うちの父は手取り足取り教えてくれるわけじゃないんだよね。とにかく、観ろ、匂いを嗅げ、音を聞け、なんです。混ぜ方や調味料を入れるタイミングなど、観ることでインプットし、真似ながらアウトプットする。同じようにならなければ何が違うのかを考える。そうした繰り返し。昔から料理本はありましたが、理論で料理はできないんだよ。料理人は音を感じること、食べること、そして料理をすることで初めて実力が付いていくんだ。ぼくは、そう思っている」。
陳氏はまじめに父を、真似た。しかし、一方で料理人の縦割りの、ともすれば理不尽な世界に違和感もあったという。陳氏は37歳で「料理の鉄人」に抜擢されているが、大学を出て15年。料理の世界では、ほかにもベテランは大勢いる。だが、この時すでに料理人として実力は広く知られ、四川料理の名店「四川飯店」の経営者としても、名をとどろかせていた。だからこその抜擢なのだろう。すでに「四川飯店」の社長となっていたのは、1990年、父建民氏が永眠したからである。


“四川飯店”の民権企業株式会社 代表取締役社長 陳 建一氏


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2013年2月4日月曜日

フジテレビ“dinner (ディナー)”(監修:落合務/スーパーバイザー)おもしろい。


ディナー
今フジテレビでやっている“dinner (ディナー)”。なかなかおもしろい。


スタート時、同時間で“とんび”と倍以上差があったが、徐々に視聴率接近。







































13/01TBS日21とんび17.016.116.0-------16.52%
13/01CX日21dinner8.811.911.2-------10.48%

 


“dinner (ディナー)
あらすじ~
辰巳沙織(倉科カナ)が支配人を務める名店「ロッカビアンカ」は3ヶ月先まで予約で埋まるほどの人気店。その評判は、料理人対決番組「アイアンシェフ」からオファーが来るほどだった。しかし沙織の父親で料理長の辰巳日出男が病に倒れたことから一転し、経営難に陥ってしまう。そんな中、沙織が目をつけたのが江崎究(江口洋介)。イタリアにある辰巳の師匠であり、敬愛してやまない世界的なシェフの店「テレーザ」で修行をしたのは日本人では辰巳ただ一人と言われる中、もう一人そこで修行をした日本人がいたと噂されていた。その人物こそが江崎だった。



2013年2月2日土曜日

2月1日の夕刊フジにKUURAKU GROUPの福原裕一社長が登場。

2月1日発売の夕刊フジにKUURAKU GROUPの福原裕一社長が登場。




カナダにも店舗がありますが、今度はインドに進出。


電子書籍「こんな社長の元で働きたい! 元アスリート経営者に学ぶ仕事の極意 from 飲食の戦士たち」にも、福原社長の生き様が載ってます。


是非ご覧ください。



くふ樂 福原さん
夕刊フジ 表紙


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2013年2月1日金曜日

『一瞬でお客の心をつかむ飛び込み営業術』見たらずっとランキング入りしてる。

飛び込み営業術

今日は、自分の著書のことに触れてみたいと思います。


『一瞬でお客の心をつかむ飛び込み営業術』が、iphone・ipadから買えるApple Storeのブック有料部門に発売された5月よりずっと300位以内に入っています。


前職の新人時代に実践していたことです。


たぶん、営業関連でない方でも読んでみられるときっとおもしろいと思います。


 ちなみにAmazonのKindle版はコチラです。


 
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写真 (1)
(AmazonのKindle版表紙) (Apple Storeで本日201位)



2013年1月31日木曜日

えっ、俺が50歳・・・。

1月30日で、なんと50歳を迎えました。


40歳になったときほど衝撃無かったです。まあ映画を夫婦でいくと2人で2,000円になったり、JR東日本の大人の休日倶楽部の資格を得たり位メリットもたくさんあります。


・子どものとき、1年が長すぎて年なんか取らない、親ですら50歳にはほど遠く、まして親が死ぬことなんて一切思ってませんでした。


・学生のとき、ノストラダムスの大予言を信じてたので50歳まで生きてるのかわかりませんでした。


・社会人になったとき、50歳の自分が営業でまわっているって想像してませんでした。


・29歳で独立したとき、50歳では政治家になろうと考えていました。


・上場を残念せざるを得なくなり、その後業績が悪化したとき、50歳時点でのキイストンはイメージできませんでした。


今50歳です。


“人生はそんな思ったようには行かない”って知りました。


しかし諦めず前を見て、いつも夢諦めずコツコツ行動していたら


確実に前に進んでいるのがわかりました。


 


身体が健康であれば気力も湧くのでなんでもできる。


夫婦が共に元気で仲が良かったらいつも和やかな気持ちでいられる。


10年後は60歳、20年後も70歳。


心と身体が健康なら、その年齢になっても夢も叶うはず。


必要とされる会社と人材を育成し、自らが必要とされる人間になれるよう日々一生懸命前に進もうって思う1日でした。


感謝!!