先日、5月8日のゴールデンウィーク明けから続けていた100日連続受注を無事達成した。
また、in-職ハイパー内の編集記事「飲食の戦士たち」も13日の更新で100人の社長登場になる。
そしてキイストンも創業してこの22日で丸17年になる。
なんでも続けると自信が付き、信頼と実力が付いてくる。
どんな些細なことでも継続していくことは凄いこと。
最近、特に9年連続200本打ったイチローの言葉がよくわかる。
先日、5月8日のゴールデンウィーク明けから続けていた100日連続受注を無事達成した。
また、in-職ハイパー内の編集記事「飲食の戦士たち」も13日の更新で100人の社長登場になる。
そしてキイストンも創業してこの22日で丸17年になる。
なんでも続けると自信が付き、信頼と実力が付いてくる。
どんな些細なことでも継続していくことは凄いこと。
最近、特に9年連続200本打ったイチローの言葉がよくわかる。
先日、夜自宅の外を歩いていると
近くで悲鳴が聞え女性が男性にはがいじめされていたので助けた。
※といっても相手が驚いて逃げて行っただけだが・・・。
品川駅近くのオフィス街で環境が良いはずなのに油断できない。
キイストンの社員も女性の方が多くて心配だが、
男性社員より、はるかに強いんで問題ないか?(笑)
最近も多くの社長様を取材させてもらった。
ジェーシーコムサ・大河原毅社長
日本ケンタッキーフライドチキン・中川達司専務
升本フーズ・塚本光伸社長
紅花・青木四郎社長
ケーズカラナリープランニング・越野健太郎社長
チャプチーノ・福田清盛社長
かばはうす・松田幸紀社長
石焼ビビンパ・松原直彦社長
RYコーポレーション・横山藤雄社長
せたが屋・前島司社長
由ら・吉崎俊朗社長
チキンスープカンパニー・石崎弘美様
サンクスプラス・桝本幸典社長
ゴールデンマジック・山本勇太社長
これだけでもなかなかスゴイ!!
今月、あと10社は取材させてもらう予定である。
おそらくこれだけ飲食の経営者に会って話を聞いているのは業界No.1だろう。
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社ジャパンフーズコーポレーション 代表取締役 藤原司郎氏登場。
本文より~
昭和61年にOPENした『しゃぶしゃぶうどん茶屋 花咲』をはじめ、『ピッツェリア ラ・パスタ陶』、『伊太利亜料理 ラ・パスタ陶』を展開する株式会社ジャパンフーズコーポレーション。その代表である藤原司郎氏(57歳)は、非常にユニークな経歴を持っている。実は同氏、この会社を設立する前まで、首相をはじめとした様々な政治家の秘書を務めていた人物なのだ。・・・。
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に有限会社ノン ピウ ファーメ 代表取締役 柿沼寛之氏登場。
本文より~
祖父が役人、両親は県庁勤務。行政一家の長男として生まれ、何不自由なく、幼少期を過ごす。小学生から俄然、スキーにはまるなど活発な少年だった。
中学から高校、大学までそのスキーに熱中。大学2年生のときにはプロスキーヤーの資格を取得し、講師ができるまでになっていた。
大学3年、スキーを通して知り合ったいまの奥様との間に、長女が生まれる。
スキーばかりに明け暮れていた青年に、にわかに次のステージが姿を現しはじめたのはこの頃である。
大学卒業後、アパレル副資材を扱うTENTACに入社。評価され、深い感謝をしながらも8カ月で退職。家族でカナダに渡る。
カキ氷の店を開いた。夏までは良かったが冬に失速。生活も急に苦しくなる。「娘に毎日99セントのピザしか食べさせられないほど苦しかった」と振り返る。
ただこのときのひもじさが、それからの糧に。飲食を志したのも「食べるには困らないだろう」という発想から。・・・・・。
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に和くら 那倉大輔氏登場。
高校卒業後は、サービスが学べるからと、都内の「ホテル専門学校」へ進学した。トムクルーズ主演の「カクテル」と言う映画を観て、バーテンダーを志すのもこの頃。「カクテルの勉強にのめり込んだ」という。だが、卒業後には、「店を持つためには料理ができなければ」と考え、和食料理店を修行先に選び、和の道を進み始める。
那倉の思考は、目的からの逆算で成り立っている。だから、わかりやすい。店を持つという目標に対しても、どのような筋道を立てればいいかをまず思考したのではないか。その計算とシナリオが、動き始めることになる。串焼き、豆腐料理の名店などで那倉は黙々と修行を重ねた。
腕には自信がある「僕の作った料理をぜひ食べて欲しい」と語るほどだ。しかし、不遜とは聞こえない。それだけの努力を伴っているからだ。・・・。