2009年10月13日火曜日

ちょっと自慢かも「継続すること」。

先日、5月8日のゴールデンウィーク明けから続けていた100日連続受注を無事達成した。



また、in-職ハイパー内の編集記事「飲食の戦士たち」も13日の更新で100人の社長登場になる。



そしてキイストンも創業してこの22日で丸17年になる。



なんでも続けると自信が付き、信頼と実力が付いてくる。



どんな些細なことでも継続していくことは凄いこと。



最近、特に9年連続200本打ったイチローの言葉がよくわかる。



2009年10月12日月曜日

先日またまた。

先日、夜自宅の外を歩いていると



近くで悲鳴が聞え女性が男性にはがいじめされていたので助けた。



※といっても相手が驚いて逃げて行っただけだが・・・。



品川駅近くのオフィス街で環境が良いはずなのに油断できない。



キイストンの社員も女性の方が多くて心配だが、



男性社員より、はるかに強いんで問題ないか?(笑)



2009年10月11日日曜日

ますます拡大中。

最近も多くの社長様を取材させてもらった。



ジェーシーコムサ・大河原毅社長
日本ケンタッキーフライドチキン・中川達司専務
升本フーズ・塚本光伸社長
紅花・青木四郎社長
ケーズカラナリープランニング・越野健太郎社長
チャプチーノ・福田清盛社長
かばはうす・松田幸紀社長
石焼ビビンパ・松原直彦社長
RYコーポレーション・横山藤雄社長
せたが屋・前島司社長
由ら・吉崎俊朗社長
チキンスープカンパニー・石崎弘美様
サンクスプラス・桝本幸典社長
ゴールデンマジック・山本勇太社長



これだけでもなかなかスゴイ!!



今月、あと10社は取材させてもらう予定である。



おそらくこれだけ飲食の経営者に会って話を聞いているのは業界No.1だろう。





2009年10月7日水曜日

株式会社ジャパンフーズコーポレーション 代表取締役 藤原司郎氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社ジャパンフーズコーポレーション 代表取締役 藤原司郎氏登場。


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本文より~


政治の世界から、飲食の世界へ。


昭和61年にOPENした『しゃぶしゃぶうどん茶屋 花咲』をはじめ、『ピッツェリア ラ・パスタ陶』、『伊太利亜料理 ラ・パスタ陶』を展開する株式会社ジャパンフーズコーポレーション。その代表である藤原司郎氏(57歳)は、非常にユニークな経歴を持っている。実は同氏、この会社を設立する前まで、首相をはじめとした様々な政治家の秘書を務めていた人物なのだ。・・・。


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(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)



有限会社ノン ピウ ファーメ 代表取締役 柿沼寛之氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に有限会社ノン ピウ ファーメ 代表取締役 柿沼寛之氏登場。


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本文より~


スキーに明け暮れた日々が一転、1ドル1セントを追いかける日々に


祖父が役人、両親は県庁勤務。行政一家の長男として生まれ、何不自由なく、幼少期を過ごす。小学生から俄然、スキーにはまるなど活発な少年だった。
中学から高校、大学までそのスキーに熱中。大学2年生のときにはプロスキーヤーの資格を取得し、講師ができるまでになっていた。
大学3年、スキーを通して知り合ったいまの奥様との間に、長女が生まれる。
スキーばかりに明け暮れていた青年に、にわかに次のステージが姿を現しはじめたのはこの頃である。
大学卒業後、アパレル副資材を扱うTENTACに入社。評価され、深い感謝をしながらも8カ月で退職。家族でカナダに渡る。
カキ氷の店を開いた。夏までは良かったが冬に失速。生活も急に苦しくなる。「娘に毎日99セントのピザしか食べさせられないほど苦しかった」と振り返る。
ただこのときのひもじさが、それからの糧に。飲食を志したのも「食べるには困らないだろう」という発想から。・・・・・。


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2009年10月1日木曜日

大相撲観戦と大島部屋でちゃんこ鍋。

大相撲九月場所は朝青龍の優勝に終わったが、25日の金曜にお客様のお計らいで大相撲観戦と相撲部屋でちゃんこを頂いた。



初めて見たが、すごく感動した。お客様に感謝。



キイストンから計5人がごちそうになった。



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和くら 那倉大輔氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に和くら 那倉大輔氏登場。



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本文より~



目的を定め、逆算して、いま何をすべきか、を考える。独立のため、黙々と修行する日々が始まる。



高校卒業後は、サービスが学べるからと、都内の「ホテル専門学校」へ進学した。トムクルーズ主演の「カクテル」と言う映画を観て、バーテンダーを志すのもこの頃。「カクテルの勉強にのめり込んだ」という。だが、卒業後には、「店を持つためには料理ができなければ」と考え、和食料理店を修行先に選び、和の道を進み始める。
那倉の思考は、目的からの逆算で成り立っている。だから、わかりやすい。店を持つという目標に対しても、どのような筋道を立てればいいかをまず思考したのではないか。その計算とシナリオが、動き始めることになる。串焼き、豆腐料理の名店などで那倉は黙々と修行を重ねた。
腕には自信がある「僕の作った料理をぜひ食べて欲しい」と語るほどだ。しかし、不遜とは聞こえない。それだけの努力を伴っているからだ。・・・。