2013年4月2日火曜日

株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長 秋元巳智雄氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長 秋元巳智雄氏登場。



秋元社長
本文より~


サッカー少年は青年になり、「飲食」は天職だと思う。


いまでも秋元は、走る、走る。フルマラソンにも、トライアスロンにも挑戦している。だから、食べても太らない。飲んだあとに平気で、ラーメンも食べるそうだ。
改めて走りだしたのは、同業の経営者たちに誘われたこともあるのだが、もともと「スポーツが好き」という下地があったからだろう。
小・中時代にはサッカーをやり、いつもピッチでボールを追いかけていた。
代わりに勉強はあまりしなかった。中学卒業後、日大一高に進むのだが「勉強したのは、受験前の3ヵ月だけ」と言っている。
高校に入るとサッカーより、バイクや車が好きになった。大学は、浦安にある「明海大学」に進んだ。大学時代には、すでに数百万円もする車に乗り、実家のある草加市から浦安まで、毎日、車をかっ飛ばしたという。
「バイト先が銀座だったんです。だから、家と銀座と大学を車で行ったり、来たり。そうですね。大学より、バイトに行く回数のほうが多かったのは事実です(笑)」。
小さい頃から「飲食」というのが頭にあった。農業を営む、父母をみて育ったからだろう。サントリーとUCC出資の「プロント(1号店)」と出会うことで、その思いが具体化する。
愛想が良いと親からも言われていた少年が、「プロント」で大人たちの手本ともなる接客を行うようになる。
ところで、当時の「プロント」には、サントリーやUCCから有能な社員たちが集まり、フランチャイズビジネスの「仕組み」作りに奔走していた。
彼らの考えや行動は、秋元に何らかの影響を与えたはずだ。
ちなみに、アルバイトのスウィングマネージャーという肩書を持ったのは、「プロント」では秋元が最初。時給は、20年以上前の話にもかかわらず1300円、これにマネージャー手当1500円も支給されていたそうだ。
学生時代にホンダの「インスパイア」「レジェンド」といった高級車を購入できたのも頷ける。
秋元は、ますます「飲食を天職」だとも思うようになり、独立開業を志すようになる。・・・・。


株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長 秋元巳智雄氏


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2013年4月1日月曜日

4月、今期はいろんなことに挑戦します。

おかげさまで、前期(2013.3月期)は予定通りの形で終えました。


業務面でも電子書籍を出すことができたり、海外ルートできたり、大学での講義・講演できたり、インターンシップの仕組みもできたし、まあ点数でいうと90点くらいですかね・・・。


しかし、今期はより形を強固なものにしていきもっと新たなことにも挑戦していきます。


キイストンは飲食店ではありませんので、飲食の経営うんぬんはコンサルでもありませんし専門分野ではありません。


しかし、人材採用ビジネスは20年以上やっていますので、“人を採る”を軸に飲食企業様に役立つサービスを実施していきます。


オーストラリア・シドニーに事務所を開設し、カナダ・トロントにも進出したい。


また、in-職hyperのリニューアルもほぼ完成したので新パッケージを作り上げたい。


大学にて、飲食経営者による講義も学校数をあと5校増やし年間で20名はやってもらえるようにしたい。


“飲食の戦士たちシリーズ”とは違うキイストンの書籍を今期中に2冊は出したい。


また、発展的な企業提携なら増やし、今までに無かったサービスを実施していきます。


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戦略型総合人材採用サービス会社
キイストン



4月、『飲食の戦士たちシリーズ』第5弾出ます!!

★『有名企業に学ぶサービスの教科書 from 飲食の戦士たち』



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★『こんな社長の元で働きたい!元アスリート経営者に学ぶ仕事の極意
from飲食の戦士たち』



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★『スゴい人の法則!志さえあれば独立できる from 飲食の戦士たち』



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★『プロフェッショナルたちの仕事(じんせい)論~from 飲食の戦士たち~』



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2013年3月27日水曜日

株式会社アルカサバ 代表取締役 貞方邦介氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に 株式会社アルカサバ 代表取締役 貞方邦介氏登場。



貞方郁介氏


本文より~


福岡県久留米市にて。


福岡県久留米市といえば、ゴム工業が有名だ。タイヤの世界的なメーカーである「ブリジストン」も久留米市で創業している。この久留米市に貞方氏が誕生したのは、1967年のこと。久留米市はまだまだ田舎町で、貞方氏ももっぱら野原を駆けて遊ぶ少年だった。
父は長崎出身のサラリーマン、母は鳥取県出身。貞方氏は一人っ子で大事に育てられた。スイミングスクールに通っていたからだろうか。からだは丈夫で、病気らしい病気はいまだしたことがない。学校では人気者で、小学時代はリーダー的なタイプだった。それだけ聞けば、いまのリーダー像と重なるが、小学、中学、高校と「やすき」に流れていったこともある。
ところで、冒頭のスーパーカーの話は小学生時代に登場する。中学は、地元の学校に通いつつ、いつかはフェラーリに乗ると誓う。


悪ぶるのも、ファッションだった。


「遊ぶこと、反抗すること、それ自体がファッションだった」と貞方氏は高校時代を振り返る。バンドブームに乗り、エレキギターやバイクにハマり、学校にもバイクで通学した。学食で食べるなんて格好悪いとうそぶいて、学校を脱走したこともある。
お金が欲しくて、バイトを開始するのだが、バイト先選びの基準がいかにも貞方氏らしい。この時、貞方氏は大手のハンバーガーチェーンと地元のチェーンで悩むのだが、マニュアルに沿って教育されるのが大手のほう。「いまなら、間違いなくそちらに行くが」と断りつつ、当時は、「そういう発想がまったくなかった」と言って笑う。たぶん、マニュアルを必死で覚える姿を想像して格好悪いと思っていたのだろう。こういうのが当時の貞方氏の生き様だった。しかし、不格好な生き様ではない気がする。この当時から、しっかり物事を分析しているようにも思えるからだ。・・・。


株式会社アルカサバ 代表取締役 貞方邦介氏


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2013年3月20日水曜日

『武田あかねの食の応援団』今月のゲストは“グリーンロード 高原 良午氏”です。

『武田あかねの食の応援団』今月のゲストは便利で使い勝手のいい花屋。ロスをなくして適正価格の花を提供されている“株式会社 グリーンロード 代表取締役の高原 良午氏”です。


高原さん&武田


武田

お花をはじめたきっかけは?




高原社長

たまたま何かの拍子で花を買いに行ったんですよ。

とある町の小さな花屋さんだったんですけど、そのとき、花屋のご主人から、「何にしますか?」と言われまして。

何を買っていいのか分からないから来ているのに、こういうんだったら、業界のレベルが低いんじゃないか、と思ったんです。ここの業界レベルだったら、自分でも通じるんじゃないか、と考えたのが一つ。もう一つは、男性でも買いやすい花屋をつくりたい、という志もありましたね。

今でもうちに買いに来てくれるお客様は、男性が多いですよ。

武田

だって、お花は男性が女性にあげることが多いですものね。


高原社長

そうなんですよ。トータルでもみれば女性の方が多いですけど。お花が好きなのは圧倒的に女性ですから。



続きはサイトで・・・・。 コチラ


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株式会社フードゲート 代表取締役社長 内山九十九氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に 株式会社フードゲート 代表取締役社長 内山九十九氏登場。



フードゲート 内山
本文より~


100人規模の大ゲンカ。


成績は悪いほうではなかった。だが、中学2年生頃から悪友とも付き合い始めた。ケンカもした。正義感が強く、不遜な言動が許せなかったからだ。
「当時は暴走族とかが全盛期だったんです。だから、集団というのがあって、ある時などへんな噂が流れて100人規模のケンカに発展したことがあります。私は一方の首謀者とみられていました」。
素行もけっして良くはなかったが、それでも県内で言えば、真ん中よりやや上の高校に進んだ。だが、進学しても校内に内山の姿はあまりなかった。


みんなの下へ1人自転車で向かった。「京都へ」。


中学1年で剣道部は辞めたが、道場には高校1年まで通いつづけた。ところが、夏に首を脱臼し、こちらも辞めてしまう。これで、目標らしきものがなくなった。
「麻雀、パチンコが日課だった」と内山は当時をふりかえる。中学時代は素行が問題視され、修学旅行にも連れて行ってもらえなかったそうだ。この時、内山らしいエピソードを残している。
「修学旅行は京都だったんです。私は連れて行ってもらえないというんで、家出のようにして、ふらっと家を飛び出しました。修学旅行の1週間前です」。
目的地は京都。1人自転車を漕いで京都に向かった。先乗りしてやろうという魂胆である。
「途中でトラックの運転手さんに拾われたりして、無事、京都に到着。子どもだからできたんでしょうね。自転車1人旅です。でも、帰りは父に連絡して、新幹線で帰っちゃうんですが(笑)」。この出来事、一つを取り上げて「行動派」というのは先走り過ぎかもしれないが、ともかくエネルギー旺盛な少年だったことはたしかである。・・・・。


株式会社フードゲート 代表取締役社長 内山九十九氏


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