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2025年8月27日水曜日

株式会社pangaea 代表取締役 進藤幸紘氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社pangaea 代表取締役 進藤幸紘氏登場。

本文より~

エコール辻東京に学ぶまで。食の目覚めのお話。

今回、ご登場いただいたパンゲアの進藤さんは1986年11月生まれ。小・中・高と、千葉県内で過ごし、高校にはバスケットボールの推薦で進学している。
「小学校からバスケットボールをはじめました。背が高かったぶん、評価をいただいたんだと思います」。
バスケットボールに熱中したが、それ以上に関心があったのが、飲食。なかでもフレンチが大好きだったという。
「中学1年のときに両親が離婚。私は母の下で暮らします。父は工場勤務のまじめなタイプだったんですが、母は大病院で栄養管理士をしていて、エネルギッシュでバリバリのキャリアウーマンでした」。
進藤さんに影響を受けた人を聞くと、まっさきにお母様の名を挙げる。
「私が高校に進学したあと、母は新興住宅街にでマンションを購入します」。
父にも頼らないキャリアウーマンの母。
「管理栄養士ですから料理もうまくって」と進藤さん。カレーには決まってお頭付きの海老が添えられていたそうだ。「外食も多く、レストランからラーメンまで、ジャンル関係なく、食べさせてもらいました」。
なかでも行くのが楽しみだったのが、フレンチレストラン。「当時で1人8000円くらいでしたから、かなりハイエンドなフレンチでした」。
母とともに、食すフレンチ。その甘い一時と、料理の奥深さ。進藤さんが飲食の世界へ進みたいと思ったのは、自然な流れだったのかもしれない。
「母が『外食に行くよ』っていうとパブロフの犬じゃないですが、その一言で心が踊ります。レストランに行く前、本屋さんに寄るんです。母も私も漫画が好きで、ある日一冊の漫画に出会います」。
「『大使閣下の料理人』っていう、在ベトナム日本大使公邸料理人が、主人公の漫画です。食卓外交や、ベトナムの市場の人たちとの交流が描かれていました」。
バスケットボールと、料理。もちろん、プロになるなら、料理人。
「青学クラスは、合格判定だったんですが、進むならシェフだとエコール辻東京(現、辻調理師専門学校 東京)に進みます」。
オープンキャンパスで、「エコール辻東京」を訪れた際、有名なシェフと出会い、「絶対、来ます」と宣言したそうだ。
ここまでが、進藤さんの食の目覚めのお話。

プロの料理人へ。片道、2時間半の勉強時間。

「千葉のうちからエコール辻東京まで、片道2時間半かかりました。9時の始業に遅刻すると、講義を受けさせてもらえません」。通勤のサラリーマンとまじって、満員電車で通学。
「エコール辻東京は、実践的な学校だったんです。教科書も多く、リュックには大量の本と、包丁が入っていました」。
すし詰めのなか、教科書を貪るように読んだ。
「1年生の学校ですが、入学料、授業料は高くって、年間200万円です。全額、母に頼っていたので、絶対、シェフにならないといけなかったんです」。
満員電車に揺られながら、教科書を貪るように読む、進藤さんの姿が浮かび上がる。学校が終わると、溜池山王のハイエンドなレストランでバイトが始まる。
バイトも真剣。
そのレストランは、カリフォルニア・フレンチだったという。カリフォルニア・フレンチは、カリフォルニアの食文化とフランス料理の技術が融合した独創的な料理スタイルのことだ。進藤さんは、その一皿一皿に、魅了されていく。
料理に対する感度が高い。料理人の才能を一つ挙げるなら、これ。一般人とは、みる世界がちがうのだろう。幾層にも重なったレシピの一つひとつを解像度高く、みることができる、それが料理人である。
エコール辻東京を卒業した19歳の進藤さんは、このレストランに就職。2年、勤務して、「料理とパティシエを経験した」ということだ。進藤さんは脇目もふらず、プロの料理人への道を突き進んでいく。
ところが、このあと転機が訪れる。

世界一のソムリエのアドバイス。

「そのレストランを退職して、田崎真也さんプロデュースの『レストランS』で勤務させていただきます。田崎真也さんっていうのは、あの世界一のソムリエです」。
「レストランS」で勤務をはじめた進藤さんは、1年で「エキスパート資格」を取得している。「エキスパート資格」を調べてみると、一般社団法人日本ソムリエ協会(J.S.A.)が認定する、ワインをはじめとする酒類や食全般に関する専門知識とテイスティング能力を認定する民間資格とあった。
ソムリエと匹敵する、資格だそう。
しかし、料理人ではなく、ソムリエ?と、疑問が浮かび上がる。
「一つの転機は、やはり田崎さんとの出会いですね。じつは、田崎さんから「きみはサービスのほうがいいよ』と助言をいただいたんです」と進藤さん。
進藤さんは、その一言に素直に従った。
田崎さんは、進藤さんになにをみたのだろう。一方、進藤さんは、その一言をどう受け止めたんだろう。
結果として、その一言は、進藤さんの人生のターニングポイントとなる。進藤さんは、そののち、「レストランS」に転職し、4年間勤務することになる。
世界一のソムリエのアドバイスで、視界が広がった。
「4年、勤めたあと、ロンドンに渡ります。パリとロンドンどちらにするか迷ったんですが、田崎さんから『ロンドンがいい』とアドバイスされ、じつは、私も、学校の卒業旅行でパリへ、母の会合かなにかでいっしょにロンドンへも行ったことがあって、比較することができたんで行くならロンドンかな、と」。
ワーキングホリデーで2年、ロンドンのレストランで勤務する。勤務したのは「ヨーロッパで3本の指に入ると言われているワインリストを持つ2つ星のレストランだった」という。
ほかにも、IWC(International Wine Challenge)の酒部門で酒ジャッジメントを経験したほか、在英日本大使館でのサービスを行うなど、「大使閣下の料理人」と同様に、世界で研鑽した。

ワインを研鑽する日々。

「帰国後、『ベージュアランデュカス東京』でソムリエとして勤務します。ただ、その時、突発性難聴を患い、飲食現場を離れざるを得なくなってしまいます。それでは、私が志していた世界へたどりつくことができません。だから、それを奇貨として、ワインの勉強を徹底的にスタートします。最初にワインを輸入するインポーターに勤め、そのつぎは、日々、20種類くらいのワインをテイスティングするリカーショップではたらきます。合計3年、ワインの世界にどっぷり浸かることができました」。
料理人の志を封印して、サービススタッフとして高みをめざしてきた。そんな進藤さんには、もう一つめざすものがあった。むろん、独立である。
すでに、30歳。チャレンジするには、十分なキャリアも積んでいる。
「じつは、その30歳の時、学生時代の先輩と独立の計画を立てていたんです。でも、オープン前に頓挫してしまいました」。
<どういうことだろう?>
「契約した物件が、重飲食不可だったんです。それで、投資しようとしていたお金をすべてなくしてしまいます。オープンもできないから、仕事もない。『明日からどう生きる?』という世界です」。
仕事もない。心も折れた。
「その時、ある先輩が、サブライムに招いてくださったんです」。

サブライム、花光雅丸さん。

「サブライム?と 思う人もいるかもしれないですが、その当時、サブライムはハイエンドなレストランを経営していたんです」。
サブライムといえば、代表の花光雅丸さんが有名だ。2025年3月、久々に「飲食の戦士たち」にも登場いただいている。
コロナ禍で、サブライムを手放し、現在は「beagle」を経営。その経緯は、コチラで。
さて、新たな道を進むべく、サブライムに入社した進藤さんだったが、マネージャーとして着任したフレンチブランドの業績が今一つだったそう。
「それで、中華業態にブランドチェンジして、少量で多品目を楽しめる『series』をオープンします」。
「series」はオープンしてわずか8ヶ月でミシュラン一つ星を獲得。現在、進藤さんの手も、花光さんの手も離れたが、「ミシュランガイド東京2025」で5年連続で一つ星を獲得している。
進藤さんは、このあと、コロナ禍の下で「パンゲア」を設立。念願の代表として新たなスタートを切る。

・・・続き

株式会社pangaea 代表取締役 進藤幸紘氏


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2025年3月4日火曜日

株式会社beagle 代表取締役 花光雅丸氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社beagle 代表取締役 花光雅丸氏登場。

本文より~

稀代の経営者であり、飲食人である、花光雅丸さん、登場。

「もう一度、食の世界に戻ります」。
仲間を集めたいので取材をしてください、とリクエストをいただいた。
リクエストをいただいたのは、飲食人で知らない人を探すのはむずかしいほどのカリスマ経営者。
2005年「サブライム」を設立したのち、M&Aを活用するなどして、90ブランド500店舗を展開する飲食グループを育てあげる。その一方、社員独立制度を導入し、独立希望者を育成・サポート・輩出してきたことでも知られている。
その数、100人を超える。
今も花光さんを慕う飲食経営者は多い。この「飲食の戦士たち」の取材でも、「花光さんのブログを読み漁った」という経営者に何度も出会ったことがある。
そして、花光さんが38歳の時の2019年11月1日。サブライムはカフェ・カンパニーと経営統合。「GYRO HOLDINGS」を設立する。
<コロナ禍がなければ、どうなっていましたか?>という質問に、花光さんは「そうですね。今頃は1000店舗にはなっていたかと思います」と回答。
もちろん、今やコロナも過去形だ。だが、このコロナ禍の下で飲食の経営者が翻弄されたのも事実である。花光さんも、翻弄された1人である。

異端児。学生時代に1000万円を貯蓄する。

10年以上も前になるが、じつは花光さんには「飲食の戦士たち」に一度ご登場いただいている。コチラ<第38回 株式会社subLime 代表取締役 花光雅丸氏>がその時の記事である。サブライム設立までの経緯は、こちらに詳しく書かしていただいたので、ここではかいつまんでお伝えする。
ちなみに、宣伝ではないが「飲食の戦士たち」は回を重ね、2025年1月時点で、1000回をオーバーしている。花光さんに最初に登場いただいたのは、38回だから、初期の初期。
花光さんは、1981年、和歌山に生まれている。
高校は進学校に進んだが、本人いわく、「勉強より遊びに熱中していた」そう。大学で東京にでた花光さんは、一転、起業を目標にアルバイトに打ち込むことになる。
改めて、当時の話を聞くと、朝9時から24時まではたらき、給料は通常月で40万円、多い月には60万円あったという。時給も今ほど高くない頃の話。当然、学生の領域を超えている。
「起業のために1000万円を貯蓄する。目標があったのもたしかですが、飲食の面白さにハマったのもアルバイトに熱中した理由です」。
漠然とした起業が、「飲食」という二文字に絞られる。
大学を卒業した花光さんは、いったん和歌山に帰り、有名な白浜海岸で軽トラックを改造した屋台をオープン。わずかな投資で大きな利益を上げた。これが、花光さんのビジネス原点となる。
ふたたび、上京した花光さんは有名チェーン店で店長を勤め、1年後の2005年、吉祥寺で屋台をオープンする。東京でも、当然、出店費用は極限まで絞ってのスタートだ。
花光さんの目標への執着は異常なほどだ。だが、設定したゴールテープを切っても、威張ることも、気取ることもない。「常に自然体」。これが、1981年生まれの花光さんのスタンス。

20代中の100店舗を目指し、仕掛けたM&A。

当時、花光さんが設定した目標は「20代のうちに100店舗をオープンする」ことだった。目標に向け、事業が加速したのは2011年に「レインボーハット」を買収したことによる。「目標達成のためにアクセルを踏んだ」と花光さんはいう。
「レインボーハット」の店舗が加わり、29歳で100店舗というゴールを駆け抜けている。
<これが初めてのM&Aですね? 相手先の業績はいかがだったんですか?>
「とくに問題点はなかったです。ただ、本部の経費が重く、それが全体の利益を圧迫していました。豪華な本部は、私たちが進める事業には不要です。利益を生むのはお店なので、それ以外の投資はしたくなかったです」。
花光さんの目に、豪華なビルは「愚の骨頂」に映る。
そういう花光さんを高く評価された人がいる。「つぼ八」の創業者である故石井誠二さんである。
「面識はなかったのですが、直接、お電話をさせていただいて。それが、始まりです」。石井さんは当時、経営されていた「八百八町」の売却先を探されていた。そういうタイミングだったそう。
「競合はもちろんたくさんあったはずです。それに、最初は金額もまったく折り合わなかったんです(笑)」。
それでも花光さんは、あきらめない。
「私が、電話をしたのは、社長の石井さんが引退を考えていると知ったからでした。『八百八町』が仲間になることで出店エリアが一気に広がります。店舗だけではなく、様々なノウハウも得られるので、そう簡単にはあきらめられません。話し合いをつづけさせていただき、最終的には『言い値でいい』とおっしゃってくださったんです」。
花光さんにとって石井さんは、今も慕う飲食人だ。
「今でも毎年命日にお参りさせていただいています」。
頭脳明晰というより、義理、人情に厚い。義理堅く、人を騙すこともない。これが、多くの人が花光さんに惹かれる理由だろう。
「『八百八町』が仲間になったのは僕が32歳の時です」。そして、38歳の2019年、カフェ・カンパニーとの経営統合に打って出る。

・・・続き
<2009年3月掲載 株式会社subLime 代表取締役 花光雅丸氏>
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2012年5月11日金曜日

subLime(サブライム)の花光雅丸社長、母校の青山学院大学にてゼミで熱弁講義!!

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本日10日、株式会社subLime(サブライム)の花光雅丸社長が、母校でもある青山学院大学で講義されました。


今回は、新設された学部の総合文化政策学部・堀内ゼミにて熱弁をふるってもらいました。


花光社長の話しを聞いた学生の飲食業界に対するイメージが変われば、こんなうれしいことはない。