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2025年4月15日火曜日

「飲食の戦士たち」シリーズ“書籍編”もスタートします。

「飲食の戦士たち」見て、いろんな出版社がアプローチしてます。

採用の武器としては書籍は強いツールとなります。

「飲食の戦士たち」シリーズ“再現ショートドラマ編(season2)”に続き、コロナ前から進めてた「飲食の戦士たち」シリーズ“書籍編”を2025年は5冊やる予定です。

74歳、人生で“やり残した夢”に挑む――とんきゅう株式会社・矢田部武久会長が綴る、感動の実話ノンフィクション!

新刊『Feel The Earth 74歳アメリカ大陸縦断トラック・キャンパー夫婦旅』刊行のお知らせ

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キイストンよりニュースリリース配信しました。

2024年6月28日金曜日

とんきゅう株式会社 代表取締役社長 矢田部 淳氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”にとんきゅう株式会社 代表取締役社長 矢田部 淳氏登場。

本文より~

我が家は、小さな動物園。

ゴールデン2匹とイングリッシュ・シープドック、猫、鶏、アヒル、インコ、ウサギが庭を走り回っている。仕事の合間をぬって、父が庭いじりをしている。
この父が、とんきゅう株式会社の創業者、矢田部武久さん。この「飲食の戦士たち」にもご登場いただいている。
「私が、生まれた時はもう『とんQ』は創業しています。私は『とんQ』といっしょに育ったというイメージです」。
姉が2人いる。
「私たちの母はイギリス人で、姉2人はハーフだってことにコンプレックスがあったようです。茨城の田舎ですから、ハーフがめずらしかったもんですから」。
<ところで、犬や猫は?>
「あ、そうですね。母は、むかしから動物園をつくりたかったらしいんです。それで、動物を飼い始め、300坪あった庭は、動物であふれていました」。
「人にも、動物にも愛情をそそぐ人だった」と矢田部さんは語っている。「とんQ」が、ロケットスタートできたのも、実は、母のおかげ。「『妻の存在が、話題になったおかげで新聞にも取り上げられた』と、父の武久さんが、前回のインタビューを答えている。
外国人が多くなった今でも、夏になると毎年のペースで、イギリスに向かうファミリーはそう多くないだろう。「私は小学校4年くらいまで、毎年、夏になると2ヵ月くらいイギリスで暮らしていました」。
イギリスには、もちろん、親戚たちがいる。
ちなみに、矢田部さんは小学4年生の時に空手の大会で全国3位になっている。茨城では敵なしだったそうだ。母はもちろん、仕事漬けの武久さんにとっても、さぞ、自慢の息子だったにちがいない。

シェフに、鳥肌が立つ。

「高校は千葉の私立麗澤高校に進み、寮生活をはじめます。道徳教育を重んじている学校で、規則正しい生活はもちろんですが、両親に対する感謝の気持ちを育む機会となりました」。
厳しい寮生活も、矢田部さんの人生にとってプラスとなる。父母には感謝したが、だからといって、矢田部さんの心は動かない。とんきゅうは、やはり父の会社だった。
「私は料理人になりたかったんです」と矢田部さんはいう。
<料理人ですか?>
「高校2年の時に『アルゾーニ・イタリア』をオープンすることになって、私も両親といっしょにイタリアンを食べ歩きました。六本木のサルバトーレに行った時です。シェフの姿を観て、鳥肌が立ちます。なんて、格好いいんだって」。
心が動きだし、頭の中は、シェフ一色。
「大学に行かないと言っても、父や母は反対はしませんでした。日本の専門学校に行くつもりだった私に、母は『どうせならもっと広い世界をみなさい』と諭してくれました。料理ですから、王道で言えば、フランスか、イタリアなんですが、白状すると1人で行くのが怖かったので、慣れ親しんだイギリスの学校に行くことにします」。

修業開始。

「イギリスに渡り、最初は専門学校に通います。学校では、私にぴったりの授業が行われます。だから、楽しくて、だれよりも早く教室に入り、準備もします」。
周りは、イギリス人ばかり。
「ミシュラン三ツ星のレストランではたらけるという知らせがあって、幸いなことに私は300人の生徒のなかから、選んでいただけました」。
当初は、1週間くらいという話だったが、けっきょく2年勤務している。
イギリスでも日本とかわらず修業はきつい。厳しい環境の下、だれよりも矢田部という日本人は勤勉だった。そのあと、矢田部さんは、一つ星レストランに移る。父から、小さなレストランではたらくことを勧められたからだ。
「父の一言で、ロトランという一つ星に転職するんですが、そのおかげで今があります」。「前菜、メイン、パン作り、ソースに至るまで、吸収することができたから」と矢田部さん。父の言葉は、やはり金言だ。
「ロトランも2年くらいですね。そのあと、二つ星ですが、イギリスではトップと言われているハイビスカスに転職します」。
ロトランではスーシェフも打診されているから、実力は、すでにそなわっている。
「でも、1年くらいでクビになってしまいます。もともと出入りが激しいレストランだったんですが、ある日、前菜のシェフが突然、退職されて、私がピンチヒッターに選ばれました。それ自体は、問題なかったんですが、前菜の仕事が終わったので、帰ろうとしたのがいけなかったんでしょう。総シェフの逆鱗にふれ、クビだと(笑)」。
何がなんだかわからない。謝ったが、許されなかった。荷物をまとめている矢田部さんの横にスーシェフが立つ。
「とってもとよくしてくれた人で、挨拶に来てくれたんだと思います。そして、一言、『辞めることができて、かえってよかったじゃないか。辞められない俺からすればうらやましいくらいだ』って。そして、『やめられたんだから、夢を目指せ』って」。
修業時間終了。もう一つの時計が回り始める。これが、23歳の時。

父の最後通告。

イギリスと日本で違いはありますか?と聞いてみた。
「修業という意味では、お国のちがいは、そうないですね。同じ料理人ですから。イギリスに渡ってから、ハイビスカスをクビになるまで、寝る間もなく仕事をしていました。クビになって初めて、イギリスの公園でボケ~とすることができて、その時ですね。あ、イアリアンを忘れていたって(笑)」。
イギリスでの修業が終わり、帰国した矢田部さんは、高級イタリアレストランで2年間、修業。パスタなど基本のイタリアンをマスターしたのちの、2015年の4月に「とんきゅう」に入社する。
「会社を継ぐつもりはありません。経営者より料理人が私の目標だったんです」。
ただ、周りはそういう目ではみない。
矢田部さんの心境も変化する。
「営業部長にもなると、経営方針で、親父と衝突することが多くなりました。その時ですね、試練の一つだったのでしょうが、『アルゾーニを経営してみろ』と言われます。私がオーナーとなって、どこまでできるか、試してやろうということだったんだと思います。しかし、コロナもあって、うまくいきません。そんな時、ただしくは2022年の12月にイギリスで暮らしていた姉がイギリスから帰国します。今まで帰国しても、時間を取ってやれなかったんで、たまには旅行に連れて行ってやろうとしたところ、それが父親に知れて、何をやっているんだ、と」。
もうすぐ、クリスマス。イタリアレストランにすればかき入れどきだ。
武久さんが怒鳴る。
「父が『もう継がせない』と言って、私も『継ぐか』と言ってとびだします」。
言い合ったが、お互い、心が離れたわけではない。「とんQ」という、接着剤がある。
「もともと継ぐつもりはなかったんですが、営業部長になって部下もできると、そういうことばかりは言っていられなくなりました。ちょうど、そういう心境の時でした」。
喧嘩別れして、1ヵ月後。父から最後通告がとどく。
「4月までにお前の力でアルゾーニの月商を1000万円にしろ。できなければ、会社は売却する」。いつもより、冷めた口調だった。

・・・続き

とんきゅう株式会社 代表取締役社長 矢田部 淳氏

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2019年5月1日水曜日

飲食経営者の創業の想いを伝えるには書籍かな・・・。

令和元年、飲食経営者の創業の想いを伝える書籍を5冊は出したいと考えています。
会社の想いは誰よりも創業者が一番わかってるので、それを伝承するため書籍は教材にもなり、採用ツールの大きな武器になります。
(とんきゅう矢田部武久 フードフォーラムより)
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2018年6月18日月曜日

東大クイズ王伊沢VSとんかつ専門店“とんきゅう”クイズ対決動画アップされました。

東大クイズ王伊沢VSとんかつ専門店“とんきゅう”のクイズ対決動画が16日19時にアップされましたが、なんと丸2日で再生数10万超えました。
今、最も旬な伊沢君とつくば本社(元マイクソフト事務所)で17店舗展開しておられるとんきゅう様の動画作成に関係させてもらいました。
縁をつないでくれた現役医学生・ドクターNこと乗杉君に感謝!!
(伊沢君ピンチ?!)
 
                (日刊ゲンダイにも記事が・・・)
(弊社永野、風景撮ってます)
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2018年1月26日金曜日

とんきゅう株式会社 代表取締役社長 矢田部武久氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”にとんきゅう株式会社 代表取締役社長 矢田部武久氏登場。
本文より~

あんこやのセガレ。

「横浜港から船でハバロスクに向かって、そこからシベリア鉄道に乗って、そうやって昔はヨーロッパの山を登りに行ったんだ。手をふりながら、『あぁ、オレも行きてぇなぁ』って」。
ヨーロッパの山に向かうともだちを見送った時のことはいまも鮮明に記憶している。
小学1年生の時。ボーイスカウトの仲間と山に登ったのが、山好きになったきっかけ。日本大学の商学部に進んでからはワンダーフォーゲル部に入り、次々と山を制覇した。その数は、もうすぐ100に達するという。
「いまで97。あと3つだね」。
山登り同様、アップダウンだった人生を、これからも楽しむように、まだ矢田部氏は前を向いている。
矢田部氏は、1948年、茨城県下妻市に生まれる。下妻市は内陸にあり、昔は人口も少ない都市だった。矢田部氏の実家は、この下妻市で、「あんこや」を経営されていた。
「姉弟は4人いたんですが、男は私だけです。父親は20歳の時に単身中国に渡り、ビジネスを起こしたりしたそうです。そういうことも含め、私は小さい頃から父親を尊敬して育ちます」。
「いずれ父親の店を継ぐもの」と思っていた。事実、小学6年から高校3年まで、「学校の時間以外は、あんこやの手伝いをさせられていた」と語っている。準備は、整っていたわけだ。
「大学を卒業したら店を継ぐ、というのが親父との約束で、既定路線です。でもね。ともだちを横浜で見送ったり、ワンダーフォーゲル部でいっしょだった仲間が、商社に入ったりしてね。なんだか、オレの人生それでいいのかなって。もちろん、一度はもどりました。朝4時に起きて、あんこをつくっていました。これが、あんこやのセガレの人生なんだとジブンに言い聞かせて」。

現実からの逃避行。

「合計、2年間くらいです。父親を尊敬しているでしょ。親の面倒もみなくちゃいけない。それでも朝4時から、夕方まで、黙々と仕事をつづけるわけです。食べていくには、困らない。でも、それでいいのかって」。
悩みに悩みまくった末、矢田部は、そっと家を出る。そうするしかなかった。
「現実から逃げ出したんです。でも、もうそれしかなかった。両親には申し訳ないって。何度も頭を下げながらです。でも、あれがすべてのスタートですね。私の、ホントの人生の」。
アメリカに渡るために、トラックに乗った。3ヵ月で80万円を貯蓄する。コーヒーの原液をはこぶ、重労働だったそうだ。
ところで、山登りの一方で、矢田部氏は、旅も好きだ。あんこやで勤務している時も、3ヵ月の休みをもらって念願のヨーロッパに出かけている。のちには、インドのカルカッタからドイツのフランクフルトまで、9ヵ月かけ1人でオートバイの旅をしている。
奥様は、イギリス人。こちらは東京で出会われたそうだ。奥様との出会いは、矢田部氏にとって、大きな人生の転機ともなった。その話は、のちにする。

とんかつ店「とんQ」オープン。

「25歳で運転手やったあと、会社を立ち上げました。商社です。仲間と2人で。それで実は、3000万円の借金をつくっちゃうんです」。
当時、付き合っていた奥様のビザも、もう更新できないまでになっていた。「それで籍を入れて親父に頭を下げて、2人ではたらかせてもらうんです。これが私の転機ともなりました」。
最初は反対されていたんだろうか。一時は、奥様を東京のアパートに残したまま、矢田部氏1人、実家にもどり、父親が経営する「あんこや」に通い、仕事をしていたそうだ。そして、奥様が店に入られるようになると、夫婦2人の、あんこづくりが始まった。その姿をみて、ご両親も結婚を許された。
「とにかく、この時、3000万円も借金があったわけで。だから、『なんとかしなくっちゃ』と思って。それで『とんかつ』の店をオープンします。当時、つくばも、まだまだ小さな町でした。しかし、筑波大学ができ、デパートができ、日本でも屈指の都市になるのがわかっていたから、そこに賭けてみようと」。
ただ、「あんこ」はつくったことがあるが、「とんかつ」はない。知り合いに紹介してもらった横浜の名店で修業する。たった3ヵ月だが、人生を賭けた修業である。血肉もなった。
ただ、矢田部氏は、面白いことを言っている。
「ふつう料理がうまい人は、安い素材からでも旨い料理をつくるでしょ。でも、私はそれができないから、素材でカバーしたんです」。
いまも「とんかつとんQ」は、日本のトップブランドである、農林水産大臣賞を受賞した国産ブランド『やまと豚』を使用している。
ともかく、33歳の時、矢田部氏は「とんかつとんQ」をオープンする。夫婦2人。オープン初日からイギリス人のおかみさんが、お客様を魅了する。
・・・続き
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2017年11月1日水曜日

10月31日発行の日刊ゲンダイに「とんきゅう株式会社」矢田部社長の記事出ました。

10月31日発行の日刊ゲンダイの“社長の私生活”に茨城県つくば中心にとんかつのとんQ展開されている「とんきゅう株式会社」矢田部武久社長の記事出ました。
(日刊ゲンダイより)

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