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2020年7月30日木曜日

株式会社スマイルリンクル 取締役社長 須藤 剛氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社スマイルリンクル 取締役社長 須藤 剛氏登場。
本文より~

冷めた、野球熱。

小さな頃から畑仕事をしていた。ものづくりの原点は、ここにあるのかもしれない。

将来の職業は、コックさん。

「それでいいと思っていたんですが…」。人生は、面白い。何がきっかけになってかわるか、わからないからだ。

3日目、辞めようと心に決めた。

手取り18万円。家賃5万5000円。残り12万5000円。そのなかでやりくりする生活がスタートした。「私は新卒でスマイルリンクルに入社します。もちろん、上京して。浦安に住みます」。

創業者、森口氏との距離。

何年くらい経った頃だろうか。いつしか2人の距離はなくなっていた。
・・・

2013年7月16日火曜日

株式会社スマイルリンクル 代表取締役社長 森口康志氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社スマイルリンクル 代表取締役社長 森口康志氏登場。
本文より~

なんにでも興味があったんです。

「習字、算盤、英会話、スイミング、ソフトボール、そういえば合唱団にも入っていました」とスマイルリンクルの森口社長。「足が速くて、勉強もできたので、とにかく女の子にモテましたよ(笑)」と子どもの時代を振り返る。
子どもの頃の森口社長はなんにでも興味を持ち、試してみないと気が済まないタチ。かわりに「熱しやすく、醒めやすい」ほうだったという。
中学では野球部に所属。しかし、中学二年になると、つっぱった生徒たちのグループに入り、そちらに関心が移る。
「ヤンキーですよね。とにかく学校の内でも、外でもつっぱっていた。大人への反感と、憧れと言えば理屈っぽくなりますが、ともかくそういう年齢だったんです。タバコに、バイクに、喧嘩の日々。その時代はヤンキーがモテたっていうのもありますね(笑)」
悪友とツルみ始めたのは中学に入ってからだが、中学を卒業する頃には森口少年も立派なヤンキーになっていた。
とはいえ、このヤンキーは、周りの仲間と違いそこそこ勉強もできた。

25万円もするステレオに釣られて。

中学三年になっても、ヤンキー生活が忙しく、勉強もスポーツもそっちのけ。高校の進学が迫っても焦る気持ちはなかった。ところが、三者面談の際、無謀な高校名を挙げると、父親と教師が反応した。
「親父は、高校名を聞いてそうかと喜び、合格したら、当時25万円もしたステレオを買ってやると言い出したんです。とても欲しかったもんですから、ぼくもその気になって、勉強を開始したんです」もともと、頭はいい。やればできる。目の色が変わった。
すると、教師が手を差しのべてくれた。
「当時はまだ20代後半だったと思いますが、ちょっと変わった、でも、とても立派な先生でした。ソリコミ、パンチパーマの僕たちに向かってその先生は、『そんな格好をするおまえらの気持ちがわからん』といって、翌日から自分も剃り込み、パンチパーマにしてきたような人でした」
「そんな先生が、僕が突然、勉強を始めたのをみて、『一緒にやったろう』と。毎日、先生のボロアパートでつきっきりで教えてくださったんです。そのおかげで僕は、希望通り、三者面談で到底入れないと言われたランクの高校に合格。ステレオも手に入れるんですが、それもこれもその先生のおかげ。今も感謝の気持ちでいっぱいです」
「やればできる」そう気づかせてくれたのが、この時の先生だった。だからこそ今でも感謝している。・・・続き
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