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2026年9月3日木曜日

BS10プロ野球中継で大好評の「応援メシ」、残すところ今シーズンもあとわずか・・・。

BS10プロ野球中継の「応援メシ」関わる皆さんに喜んでもらっています。

ジャパンフードセレクショングランプリ獲得の
「極み盛り」KIWAMI様
生しじみらぁめん オルニ 様
元天ねぎ蛸様

「キイストンだからこそ」を追求し続け 飲食業界になくてはならない企業になる 
 ~一つでも多く圧倒的に強い武器を持ち、 ワクワクしようぜ!ワクワクさせようぜ!~

(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)  

2026年8月10日月曜日

BS10プロ野球中継の「応援メシ」今シーズンあと8試合提供します!

8月7日(金)日ハムVS楽天試合の「応援メシ」はKIWAMI様でした。

KIWAMI様は超おすすめの“極み盛り”にてジャパンフードセレクション・グランプリ受賞され、解説の小笠原氏に提供されていました。

ご縁を頂き、BS10プロ野球中継の「応援メシ」に昨シーズン後半から参画させてもらいましたが、今シーズンはあと8試合提供となりました。

皆さんに喜んで頂けるように頑張ります。

KIWAMI阿波社長と解説者の小笠原氏
ジャパンフードセレクション・グランプリの“極み盛り”
お通し食べ放題で超人気の“もつ煮込み”

「キイストンだからこそ」を追求し続け 飲食業界になくてはならない企業になる 
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2025年9月17日水曜日

“書籍出しませんか?“

“書籍出しませんか?“


売るための書籍ではなく人材採用・従業員研修のツールとして、
経営者の考え方や会社のこだわりや夢について知ってもらう、
また共感してもらうのに、とても強い武器にもなります。

もし検索して、知り合いの経営者の書籍が出てきたらどう思いますか?
しかも、自分よりも若い経営者、自分の会社よりも規模が小さい会社が出させてたとすると…

私は2004年に飛び込み営業の書籍を出版して頂きました!
それからリクルート式という採用関連の書籍も出版しました。
この書籍出版しただけで他人からのイメージってできるんですよね。

これは書籍を出したものしかわかりません。
人材採用をこれからも考えられるなら、是非書籍をお考えください!!

そんな意味も込め「キイストン出版」のページアップしました!!
https://www.keys.ne.jp/keystone-publish/

「キイストンだからこそ」を追求し続け 飲食業界になくてはならない企業になる 
 ~一つでも多く圧倒的に強い武器を持ち、 ワクワクしようぜ!ワクワクさせようぜ!~

戦略型総合人材採用サービス会社キイストン

2025年7月7日月曜日

「わが社の居酒屋は8坪、月商1200万円、その秘訣を教えます」、KIWAMIの阿波耕平氏の書籍が完成しました。

 キイストン出版、2025年第2弾の書籍「わが社の居酒屋は8坪、月商1200万円、その秘訣を教えます」/KIWAMIの阿波耕平社長(現在39歳)が完成しました。

「キイストンだからこそ」を追求し続け 飲食業界になくてはならない企業になる 
 ~一つでも多く圧倒的に強い武器を持ち、 ワクワクしようぜ!ワクワクさせようぜ!~

戦略型総合人材採用サービス会社キイストン




2024年6月3日月曜日

「飲食の戦士たち」 再現ドラマ版 Youtubeチャンネル好調です。

「飲食の戦士たち」 再現ドラマ版 Youtubeチャンネル


2022年7月より「飲食の戦士たち」のコラムを、動画で育ったZ世代に向けて順次、再現ドラマシリーズへと展開しております。
タイムパフォーマンス重視の年代も楽しめる15分の短尺で制作しております。
第7話目の再現ドラマは藤波辰爾率いるドラディション所属のプロレスラー長井満也氏や、医者役にはリアル美容外科医のさくちゃん先生にキャストとしてご出演いただいております。
【第七話】株式会社G-vision 代表取締役 伊藤穣二
https://youtu.be/7yc5ux-CHls?si=lXwq01Qkrdt2FFq3





【第六話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 店舗ナンバーワンホールディングス株式会社 代表取締役 三浦正臣https://youtu.be/Y1EKEmoGvPQ?si=zLJUdzMFAHaLupI0





【第五話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 株式会社せい家 代表取締役社長 山内勝彦https://youtu.be/SzhX89Fke18?si=a3lS6S00wgWktb7c






【第四話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 株式会社KIWAMI 代表取締役社長 阿波耕平https://youtu.be/V8a2FQsr66g?si=Nik53IB5g3-7_6fB





【第三話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 株式会社田(でん )代表取締役 内田克彦https://youtu.be/GkOAV5gIiH0?si=cWDnTcjp0JDw3Tc





【第ニ話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 有限会社倶楽部二十九 代表取締役 酒井 敏https://youtu.be/J4TzoiZNDuQ?si=nYngjBUPyxZYLUDQ





【第一話】飲食の戦士たち ~社長たちの原点が、ここにある~ 株式会社REED 代表取締役 樺山重勝https://youtu.be/vQN3_7COEyo?si=bGuezKQLqxQ62xLo



■「飲食の戦士たち」のこれまでの歴史をストーリーにまとめました。
誕生秘話や、印象深かった出来事などをまとめていますので、こちらもぜひ御覧ください。
https://prtimes.jp/story/detail/7bZNkZSXj9b
youtubeチャンネルを運営中!
https://www.youtube.com/channel/UC3smUdKNXz1-I-CLW3Tp7ig

戦略型総合人材採用会社キイストン

2022年7月25日月曜日

7月22日(金)発行の夕刊フジ「飲食業 新時代への挑戦」は『KIWAMI』様を取り上げました。

7月22日(金)発行の夕刊フジ「飲食業 新時代への挑戦」は、コロナ禍の苦境の1年を乗り越え、お客様への感謝を形にした1周年記念のイベント実施でより絆を強くされた『KIWAMI』様を取り上げました。

2022年4月14日木曜日

株式会社KIWAMI 代表取締役 阿波耕平氏登場。

 in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社KIWAMI 代表取締役 阿波耕平氏登場。

本文より~

学校の人気者には、負け癖があった。

小学生の頃はクラスで一番目立つ存在で、学芸会の主役や、運動会の応援団長には、すすんで立候補した。「人の上に立つ」のが好きで、学級代表や生徒会長も務めた。
学芸会では西遊記の主役の孫悟空を演じたが、それだけでは満足せず、6年の時には「総監督」として「走れメロス」の演出や演技指導も行ったという。このとき、みんなの前で「話す力」が身に着いたのではないかと振り返る。
サッカー少年団にも所属し、成績は中の上のあたりを行ったり来たり…。
そのまま中学に上がったはいいが、だんだん「目立つ」ことがカッコ悪いと思うようになり、部活のバトミントンに精を出したり、友人宅に遊びに行ってゲームをしたりの普通の中学生男子の生活を送る。
高校に入学してからは、サッカー部に入部。
小学・高校時代のサッカーも、中学時代のバドミントンも、入ったばかりの時はすぐにレギュラーになれるものの、卒業する年には必ず補欠やベンチ要員になっていた。
なんでも器用に出来るがために、努力をせず、練習を怠ったことが原因だと本人が、一番よくわかっているようだ。
「他の子たちに抜かれていく」ことや「負けること」を何とも思わないタイプだった。
当時、TV番組の「情熱大陸」や「プロフェッショナル」が好きで、過去をおいかけられるほどの大物になりたいとかじりついて見れば見るほど、世界に羽ばたいたスポーツ選手を知れば知るほど、自分とはかけ離れた人たちだと感じた。自分のような負け癖のある人は一人もいない…。これが、「仕事で勝つしかない!」と、思わせるきっかけとなり、調理の専門学校に進むことになる。

専門学校から本気出す!?

「仕事で負けない、仕事でベンチはありえない。専門学校から本気出す!」と、高校卒業後、札幌の光塩学園調理製菓専門学校に進学。2年からは専攻を選べるが、家族で食べた高級中華の味が忘れられず、迷わず「中華」を専攻した。
友人になり得る人は周りにたくさんいたが、他の生徒が子どもに見えて仕方なかったと、敢えてこの頃は周囲と距離を取っていた。
「なんでみんな遊んでるの?2年しかないんだよ?2年したら就職だよ?」と、休み時間は「話しかけるなオーラ」を身にまとって一人で過ごし、卒業。すぐにマーケットの大きな東京を目指す。

独立した父から学んだこと。

父親が務める会社は、JRの駅看板や道路標識のような公共性の高い看板を製作する企業で安定しており、家族での外食も多い裕福な家庭だった。
父の知り合いに高級店のシェフが3人いたため、幼い頃から客単価が1万円以上するような店によく連れて行ってもらっていた。
高校生の頃、父が独立し自分の看板製作会社を作った。
子どもを職場に連れていくタイプの父で、阿波氏もよく連れていってもらっていた。
父親は、社長になったからとチヤホヤされても態度が変わることがなく、昔からの人脈を大切にし、たくさんのお客さんに信頼されている姿は、子どもの目から見ても尊敬に値するものだった。
学校の教室の看板など、大量生産できない部分を担う会社だったが、これまでのJRや道路標識の仕事と比べると絶対量が少なかったので、事業は苦戦を強いられた。そんな中、道の駅で売るキーホルダーを作って全国に営業にまわっていた父の背中も見て来た。
そんな姿を見て、自分も将来独立して会社を創ろうと思うようになっていた。
尊敬する父は、53歳の若さで癌で他界。阿波氏、23歳の時だった。

日本一大きな中華レストランでの修行。

新卒で受けた京王プラザホテル新宿の中華料理「南園」は不採用…。アルバイトとして入り(後に契約社員となる)修行が始まる。
「南園」の席数は500~600。日本で一番大きな中華レストランと言われている。OBに周富徳や譚彦彬という有名シェフがいる名店だ。
最初の1年は包丁を握らせてもらうこともなく、物を運んだりホテル側へ食材を発注し引き取り、各部門に納品するのが主な仕事。毎日怒られてばかりだった。
料理の世界に入ったのに、料理ができないことに耐えられず辞める人も多い。同級生と「今どんな仕事しているの?」という話をし、「もう料理を作っている」と聞くと、取り残された気分や焦りを感じた。
「早く上に行って料理を作りたい」。
上に行くために、耐えた阿波氏、2年目も「料理」というレベルの仕事はさせてもらえなかった。
しかし、労働時間や休日についてはホワイト企業だったので、時間はあった。これは同じ業界に進んだ友人達の中では、焦りと引き換えの幸いであった。
仕事の後で点心の包み方を教えてもらったり、食材を切る練習。家では中華鍋を振る練習や飾り切りの練習と、「一番になりたい、部活の時みたいに負けるのは絶対に許されない」という一心で頑張れた。
南園に勤めた4年の間には、「薬膳インストラクター中級」資格の取得もするなど、料理のことしか考えずに過ごした日々だった。最後の1年は「板」として出勤から帰るまで、ずっと何かを切り続けていた。
そこを4年で辞める決断をしたのにはシビアな理由がある。
「自分の2つ上と3つ上に『すごい人』がいたんです。めちゃくちゃ凄くて…」。
その2人の先輩は、技術がある上に勉強もしっかりしていて、中華の部門だけで60人いる社員の中で実力が突出していた。次の料理長はあの二人だと、阿波氏自身も、4年間本気で取り組んだからこそ限界が見えてしまったのだ。
「あの二人がいる限り、自分はナンバーワンになれない」。
24歳で、日本で一番大きな中華料理店「南園」を去る。

営業をやってみよう。

「料理長になる」夢は絶たれた。残るは自分の店を持つことだが、南園時代の先輩5人が独立し、全員が失敗したのをその目で見て来た。料理の腕も良い彼らがなぜ失敗したのか?
「料理の美味しさだけでは経営が成り立たない、他に何かがあるはずだ」。
父が営業していた姿を見て来たこともあり、「美味しさ以外に必要なこと」を探すべく、飲食に関する営業をやってみようと思いついた。
当時、テレビで紹介され話題だった転職アドバイザー・鈴木康弘氏が経営する「転職相談バー」を訪れてみた。すると偶然「今コックがいないから」とその店でアルバイトをすることになる。好きな料理を出して良いと言われ、今までの自分なら2000円と値付けする料理を600円で出すアイデアなどを学んだ。
鈴木氏からは飲食系の営業なら「ホットペッパー」か「食べログ」か「ぐるなび」に入るのが「勝ち組」と言われていたが、料理の経験だけではその3社には入れないので、どこかで営業経験を積もうと思っていたところに、これもまた偶然で、鈴木氏と旧知の仲だった「飲食の戦士たち」を運営する(株)キイストンの細見社長と知り合った。夜は転職バーのコックをしながら、日中はキイストンの営業アシスタントとして、アポとりを4か月ほど経験した。
その後、「ぐるなび」に入社することになるが、それは転職バーでぐるなびの人事担当に会えたことがきっかけだった。

ぐるなび営業のキツイ日々。

配属はぐるなび横浜営業所。ぐるなび掲載の営業で、「飛び込み」「テレアポ」…はじめての経験はキツイことだらけだった。
「今日テレアポ何件やったの?200件はマストで」。
「受注するまで帰って来なくていいよ」。
・・・本当にこの言葉を使う現場があるんだ!?と驚いた(笑)。
ちゃんと毎日詰められ続けた2年間。キツイことだらけのこの時期が、今の阿波氏の8割を作っていると言える。
2年目には年間目標を達成、翌年には昇格も約束されていたところで、入社面接の時から話してあった「自分の店を持ちたい」夢に向かうと決め、ぐるなびを退社。
退職の挨拶でまわった500社の顧客のうち、10社ほどから「ウチに来ないか?」と言っていただいた。その中の1つの居酒屋に、現場感覚を取り戻すべく入社。小さな居酒屋で、キッチンをすべてまかされた。

・・・続き

株式会社KIWAMI 代表取締役 阿波耕平氏

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