2019年2月26日火曜日

CLASSIC HD INC. 代表取締役社長 萱場俊克氏登場。

(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”CLASSIC HD INC. 代表取締役社長 萱場俊克氏登場

専門学校、退学。一つの決意。

兄の影響で空手をはじめた。兄は案外と早く辞めたが、弟の萱場氏は30歳までつづけ、道場を3つ任されるまでになっている。フルコンタクト系の空手。殴り合いがある、マジに痛いほうだ。
そんな萱場氏も、いまでは空手を卒業。ただ、格闘技はいまもつづけている。今は「キックボクシング」なんだそうである。
もっとも、性格は大人しく、いまでも初対面の人と話すのが苦手だと頭をかく。ふつうの人の前では、フルコンタクト系の攻撃性も、鳴りを潜めるようだ。
「小さな頃は、カギっ子です。だから、料理もつくっていました。中学は帰宅部。これは小学校の頃からかわらないんですが、独りでいることが多かったですね」。
高校は、コンピュータ系の新設校に進学し、学年で1位を獲るなど、好成績をおさめる。卒業時には、成績優秀だと、宮城県から知事賞が贈られている。
「そうですね。割と真面目で、卒業時には『知事賞』もいただきました。専門学校に進むか、NECに就職するか迷い、それで、結局、専門学校に進学します。特待生で進学できましたから」。
その専門学校の時に飲食でアルバイトをしたのが、飲食業界に進むきっかけとなる。「コンピュータ」と「飲食」。ある意味、対極にあるといっていい。まるで、普段の萱場氏と、試合で相手と対峙する時の萱場氏のよう。ともかく萱場氏は、「飲食 に魅了され、1年半で専門学校を退学する。
萱場氏は、ホームページで<何気ない切っ掛けで始めたこの仕事>と書いているが、退学の裏には、一つの強い決意があったのは間違いない。「知事賞」も「特待生」も獲るちからがあったのだから、尚更だろう。惜しい決断な気もしないではない。

仙台では、思い通りになった。東京では、どうなるだろう?

飲食店の印象を伺うと「『ごちそうさま』って、お客様が素直に喜んでくださるでしょ。あれが、いいな、と」いう返答。専門学校を辞め、バイト先で正社員になる。
「たしかに、コンピュータと飲食は、異なりますね。でも、その時、私の頭は、もう飲食だったんです/笑。ただ、私が就職した時に、会社を経営していた共同経営者がわかれて、私は、そのうちの1人に付いていきます。
ある意味、正解だった。
「私が、そう、22歳だから、会社に就職して2年くらい経った時ですね。その時、オーナーが私に投資してくださって…。ハイ。会社がオーナーで、私が起業する、そんなイメージです。それで、『DJ BAR』を立ち上げ、翌年に『CAFE』をオープンします。次が『ベトナム料理』、その次が『タイ料理』です」。
次々に斬新な店舗をオープンする。当然、仙台でもやり手のニューフェイスと注目された。ただしく言えば、仙台だから注目された。「東京でなら、どうだろう?」
「東京」という二文字が、萱場氏の頭のなかにはじめて、現れる。

5億円の挑戦。

「7店舗になった時に、『社長にならないか』とおっしゃっていただくんですが、この時は、お断りしました。代わりにではありませんが、『東京に行かせてください』とお願いするんです」。
約束では、会社を1年休むことになっていた。
ただ、半年で店がみつかり、今度は「東京でやらせて欲しい」とお願いする。
「その時のお店が、宮城県仙台市発祥のイタリアンレストラン『ALMA』です」。
以来、10年で10店舗になる。
「私は、どちらかというと、表にでるようなタイプじゃない。みんなをまとめ動かすような監督タイプです。スタッフを活かすには、どうすればいいか。永遠の課題ですが、このあたり頑張って取り組んできたと思います」。
実は、萱場氏。オーナーから都内にあった店舗87店舗、すべて買い取っている。
「銀行からも融資いただくんですが、何しろ数億の買い物ですから、ギリギリお金を用意できたって感じです」。
でかい買い物だ。
「銀行さんも、私のことやうちのスタッフのことを、よく観てくださってオッケーがでたわけですから、それはそれで自信にもなりました」。
それからも、23店舗出店し、合計10店舗。いずれも人気店だ。
「買い取ったいちばんの理由は、スタッフの仕事環境ですね。保険や、そういうのも含め難しい問題なのはわかっていますが、『俺についてこい』って、ひっぱってきた手前ね。いつまでも、我慢しろというわけにはいきません。それで、いっそ、自分でできるかどうか試してみようと。ハイ、その時のかかった資金が、合計5億円です」。
なんと、5億円の挑戦である。
・・・続き
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