2014年7月8日火曜日

Roy's オーナーシェフ ロイ・ヤマグチ氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”Roy's オーナーシェフ ロイ・ヤマグチ氏登場。
本文より~

キャンプ座間が生まれ故郷。

ロイ氏は1956年7月22日、神奈川県の座間市で生まれる。座間市といっても、「キャンプ座間」と言ったほうが世界的に通用するだろう。言うまでもなく、キャンプ座間は、日本にあるアメリカの軍事基地の一つだ。
「もともと福島出身の祖父が18歳で渡米し、ハワイに移り住んだのが今の山口家の始まりです。父は、マウイ島で生まれ、軍の仕事をするようになりました。そして駐屯先の沖縄で母と知り合い結婚。長男は福岡で生まれ、私は、キャンプ座間で生まれました」。
高校までキャンプ座間で育ち、基地内の学校に通う。
「子供の頃は、アメリカのモータースポーツ「インディカー」のレーサーに憧れていました。ロックスターにもなりたかったけど、歌がうまくなかったからね。こちらは最初から諦めていました(笑)」。
「また、幼少期には、2年に1度の割合で、夏休みに祖父のいるハワイに遊びに行っていました。祖父は向こうでスーパーマーケットやレストランを経営していたんです」。
ロイ氏が料理に触れるきっかけとなったのは、この時だろうか。
ハイスクールに通う頃には、友人を招いてご飯を炊き、焼き鳥を焼き、ピッツァを作って振舞ったそうだ。

ハイスクール時代の恩師が見抜いたロイ氏の実力。

いまや巨匠となったロイ氏の、言わば初めての料理。それを口にした幸せな友人達の反応は? と伺うと、「う~ん。旨いとも、不味いとも言わなかったけど、案外、うけたのは事実だね」とのこと。
それで気を良くしたわけではないが、「料理」の教科を友人と2人して取った。ハイスクールの恩師を自宅に招いて、料理を振舞ったのも、この時。
「恩師は、凄く褒めてくれて、君には料理の道があっているんじゃないかって」。
ロイ氏の料理を食べて、進路指導。世界で初めてロイ氏の実力を見抜いたのは、ハイスクール時代の恩師だったかもしれない。
また、ロイ氏の為に、わざわざニューヨークにある米国ナンバー1の料理学校「The Culinary Institute of America (CIA)」を探してくれたそうである。
ロイ氏は、恩師のアドバイスに従い、渡米する。
ニューヨーク。日本でいえば、田舎から東京に上京する、というニュアンスなのだろうか。18歳のロイ氏は、どのような思いで、海を渡ったのだろう。

アメリカでの修業時代。

「CIAで2年間、勉強しました。卒業した後は、兄がL.Aに住んでいましたので、L.Aに行って、仕事を探しました。料理以外にも色んなことをしました。ホテルやカントリークラブ、北欧風のレストランなどで働きました」。
その後、2年半、L.Aの米国ナンバー4と言われるフレンチレストランに勤務する。
そして、その店に勤務していた時にフランス料理に惹かれていった。
「これは私が、21歳の頃の話です。シェフがいい人で、色々教えてくれました。もちろん当時はアメリカでも16時間くらい勤務するのが当然でした。8時間の所定労働時間だけじゃマスターできないからね。いわば、学習時間です」。
今ではアメリカも、いやアメリカだからこそ料理の世界も変わったそうだ。
「昔のやり方と今のやり方は違う。」とロイ氏。それでも事実として、ロイ氏が世界的なテクニックを修得できたのは、昔の厳しさがあったから、と言えなくもない気がする。
テクニックとアイデア。ロイ氏は、ともかくこの2年半で、2つの異なる非凡な才能を開花させた。
「フレンチと日本の味をミックスさせたらどうかというアイデアもこの時に生まれました」とロイ氏。いわゆるロイ氏ならではの料理のアイデアである。・・・続き
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