13日、プロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴が倒れ、心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送され、午後10時10分に死亡が確認された
プロレスファン、同年代として大ショックである。
元全日本プロレスのジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、そして三沢光晴と次々に・・・。
ご冥福を祈ります。
13日、プロレスリング・ノア広島大会で、試合中にノア社長でプロレスラーの三沢光晴が倒れ、心肺停止状態で広島大学病院に救急搬送され、午後10時10分に死亡が確認された
プロレスファン、同年代として大ショックである。
元全日本プロレスのジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、そして三沢光晴と次々に・・・。
ご冥福を祈ります。
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社APカンパニー 代表取締役社長 米山久氏登場。
本文より~
20代の頃からさまざまなビジネスを経営していた米山氏が飲食業に目覚めたのは、ちょうど30歳を過ぎた頃だった。
「単なる金儲けのためのビジネスではなく、自分にとってやりがいがあり、かつ、人のためになるようなビジネスをやりたかった。それを模索していた時に“これだ!”と思ったのが飲食ビジネスだった」と米山氏は振り返る。
米山氏は当時、不動産や販売代理店など複数の事業のうちの一つとして、出身地の東京・八王子で自身の趣味でもあるダーツバーを開店。・・・・・。
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)
今日、名古屋にて先輩の社長より「40歳で営業に携わっていたものが、人材紹介会社に自分の価値を聞いたら商品価値ゼロらしい」。
普通40歳にもなるとそれなりにお客様含め人脈があるはず。それなのに人材紹介会社に頼ってくるのは無い、またはいい仕事していない証拠。確かに!!
40歳すぎるとなによりも人脈が大きな宝。いかにその人が入社することで、お客様、ブレーンを持ってこれるかがポイント。
それが無い人は、年収やポジション含め末端から入社する覚悟でないと難しい。
そんな謙虚な気持ちであれば道は開けるはず。
また、20代、30代の方、人脈を今のうちに拡げよう。
一番手っとり早いのは新規飛び込みで多くの企業と接点持つこと。
6月1日、同じ求人仲間の星さんのお誘いで、フード業界サポーターズなる異業種交流会に参加した。
全員で11名。出会いの場を提供頂き、星さんには感謝・感謝。
せっかくのご縁、皆が商売繁盛になれば・・・。
来週、シドニーからお客様来られるため計4日で20社の飲食企業の社長様とのスケジュールを入れた。
せっかくなんで、もっと多く入れたかったが、さすがに20社が限界のため特定のところだけに限らせてもらった。
来週も忙しそう。
いよいよ来週、シドニーからお客様が来られる。
なにか新しい、なにか大きなことが起こるかも・・・。
とにかくいろいろと忙しくなってきた。
7月にはシドニーに行かせてもらう予定でもある。
感謝・感謝。
in-職(いんしょく)ハイパーの“飲食の戦士たち”に株式会社はなまる 代表取締役社長 河村泰貴氏登場。
店長職でめきめき頭角を現した河村氏は、かなり早い段階でSV職に大抜擢された。しばらくは順風満帆な人生が続くように思われた。しかし28歳の時、突然、転機が訪れた。
「関連会社のシンクタンク部門に出向になったのです。毎日ただひたすら新聞や雑誌を読むだけで、店長のような充実感を味わうことができませんでした。・・・・・・。
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