2025年8月5日火曜日

株式会社ココロオドル 代表取締役社長 杉本健司氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社ココロオドル 代表取締役社長 杉本健司氏登場。

本文より~

進め、美容師へ。

高校に数ヵ月通っただけで辞めている。
「当時は、さきのことは何一つイメージしていなかった」と、今回、ご登場いただいた株式会社ココロオドルの社長、杉本さん。
杉本さんは1983年8月、神奈川県の平塚で生まれている。
「中学からバスケットボールをはじめます。バスケというより漫画の世界にあこがれて。ワルい世界に憧れて、だんだんと目つきの悪い連中とつるむようになって」。
当時の平塚は「治安が悪かった」と杉本さん。ただ、高校を辞め、冷めた頭で未来をみようとすると、さすがに不安になった。
「悪くすればどこまで落ちていく気がして。さすがに、抵抗があった」と杉本さん。
「だから、つるんでいた仲間と距離を置こうと、美容室に就職したんです」。これが、杉本さん物語りの始まり。
「ぼくらの世代って、テレビドラマのビューティフルライフに影響されている人が多いんです。ぼくもその一人で(笑)。ファッションや音楽が好きだったところに、あのドラマでしょ。はたらくなら、美容師だって」。
はたらきながら、美容師の専門学校にも進んだ。
「何年か経って、当時勤めていた美容室の先輩に、代官山で美容室をオープンするからいっしょにやらないかって誘われたんです」。
<独立に誘われたのは、センスが認められたから?>と、質問すると、杉本さんは苦笑いする。
「イメージは頭のなかにあるんですが(笑)」。
まだ、ヘアスタイリストとは名乗れない。それでも、独立の舞台は代官山。心が踊った。
「でもね。競争がはげしかったからでしょうか。現実は甘くなかったです」。客が来ない。ハサミをにぎっても、髪を切ることができなかった。給料もでなかったそうだ。
当時の心境は、どうだったんだろう? 
「そりゃ、困ったなとは思っていましたが、結婚していたわけじゃないし、それに資金をだしているわけでもなかったので。ただ、給料がないと生活できないでしょ。だから、ダブルワークしていいですか? って先輩に言ってみたんです」。
<答えは、もちろん、YESですよね?>
「そりゃ、だめと言えません(笑)。ただ、ぼくのほうも、真剣にやろうってわけじゃなく、給料がでるようになるまでと思っていたんで、軽い気分でバイトをはじめます」。
美容室が終わってからのダブルワーク。はじめたのは、飲食店でのアルバイトだった。
「で、はじめてみてわかったんですが、時給換算すると美容師と比べて、断然、飲食がいいです」と杉本さんは笑う。
しかも、いまは、無給。だんだんと美容師の世界が色褪せてみえた。
「お金がすべてじゃないですが、片や無給でしょ。こっちは、深夜バイトだったこともあって、断然いい」。
<それで、飲食ですか?>
「6年も美容師でしたから、そう単純じゃないですね。いま思うと、つづけるのもありだったかもしれません、ただ、当時のぼくは、さっき言いかけましたが、頭にイメージがあっても不器用だからうまく再現できなかったんです。だから、頭のどこかで、辞めどきかなって思っていたんです」。

表参道、ファッショナブルなメガネショップ。

「先輩に話をしてダブルワークを解消させてもらって、飲食のバイト1本に絞ります」。
若かったから体力は有り余っている。「深夜までバイトして、40万円」と杉本さん。
<美容師とは大違い?>
「ヘタをすると、ダブルスコアですね(笑)、仕事はともかく、お金を儲けるっていうのは、楽しかったですね」。
ただし、その日暮らし。カリスマ美容師という、一つだけあった目標はなくなった。
<お金はどうしました?>と、聞くと、「服が好きって言っていたと思うんですが、全力で買いまくりました」。
「服と酒」と杉本さん。トレンドには、敏感。アンテナが高い。インスタグラムで、好きなブランドを追いかけた。
のちに、この時の体験が、ある結果を生むのだが、それは、つぎの話。
「フリーター生活はだいたい2年です。メガネショップに勤めて、終止符を打ちます」。
<メガネショップ?>
「表参道にある、芸能人も贔屓にしているスタイリッシュなメガネショップです。アパレルもいいかなと思ったんですが、メガネってファッションのキーアイテムですから。それに、大好きなショップだったんです」。
お気に入りの服に、お気に入りのメガネ。杉本さんは、スタイリッシュなスタイルで表参道を歩いた。
ところが、ある日、上司ともめて、退職。高校と、おなじようなスピードだった。
「辞めたのはいいんですが、メガネを売掛で買っていたもんですから、そのぶん、給料からひかれます」。
残ったのはまともに生活できる金額じゃなかったそう。困り果てた杉本さんは実家に戻り、かつてアルバイトした飲食店に顔をだした。
美容師→飲食→メガネショップ→飲食。杉本さんの社会人歴を単純化するとこうなる。ところで、その飲食店、じつはレインズインターナショナルの直営店だった。
26歳のときである。

やるか、破産か。

「特別、秀でたものは昔からなに一つありません。美容師だってテクニックがあったわけじゃないし、飲食でも、なにかが得意だったわけじゃない。ただ、変化に対応するのはうまかったんでしょうね。美容師のときも、飲食のときも、メガネショップのときだって、業種がちがっても売上だけは悪くなかったんです」。
むろん、レインズインターナショナルに入社してからも高い業績を残す。
「渋谷店で店長をしているとき、こういうのも縁なんでしょうね。コロワイドがレインズをM&Aするという話が流れだしたんです」。
<レインズインターナショナルが、コロワイドに>というのは飲食の世界で話題になった。
「渋谷の店長をしていましたが、レインズにも、コロワイドにも興味があったわけではありません。ただ、コロワイド化されていくと、ぼくとはちがう方向へ会社が進み始めるんです」。
「これもタイミング」と、杉本さん。そのとき、急成長中の飲食ベンチャーから声がかかった。
<転職回数でいうと、7回目?>
「それくらいになるかもしれませんね。ただ、そのベンチャーで仕事をしてしばらく経ったとき、美容師のときと同様、独立する先輩に誘われて、いっしょに飲食店をオープンします」。
先輩につぐ、ナンバー2だった。
<美容師のときと今回で、独立は2度目ですね?>
「そうですね。ただ、様子はちがいます。今回も、資金はだしていなかったんですが、名義を貸していたんです」。
<名義貸し?>
「独立っていうのは、むずかしいですね。今回も、業績が悪化。今回は名義を貸していたので1000万円以上の借金ができてしまうんです」。
「ロケーションに問題があった」と杉本さん。複数店舗をオープンしていただけに、赤字額も少なくなかった。
スタッフの給料が遅延する。
「家賃も未払でした。さすがにきついな、と。もう、自己破産するか、それとも、ぼくが経営者となって独立するか、です。経験上、独立してうまくいけば借金返済は可能です」。
ただ、開業資金はない。
「それで、ひとまず、ココロオドルの前身である『杉本フーズ』を設立して、ぼく名義だった西新宿の店舗を先輩から譲ってもらいます。というか、そもそもぼくの名義ですからね」。
「杉本フーズの事業目的は借金の返済」と杉本さん。
甘い誘いに乗ったことを悔やむような人ではないが、今回は、悩む時間もなかった。

・・・続き

株式会社ココロオドル 代表取締役社長 杉本健司氏

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