2018年4月19日木曜日

株式会社創業新幹線 代表取締役 陳 建(Chin Ken)氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社創業新幹線 代表取締役 陳 建(Chin Ken)氏登場。
本文より~

どんぶり勘定が許された幸せな時代。

子供の頃、裕福な家庭だったそうだ。中国、福建省。今回、ご登場いただいた株式会社創業新幹線の陳 建(Chin Ken)氏は1976年12月21日、この福建省に生まれている。陳氏によれば、福建省は事業家が多く、海外に渡る人も多いエリアらしい。たしかに陳氏の父親も事業家だし、陳氏もまた日本に渡り、事業を興している。
「父親が経営していたのは食用油の会社で、事業が傾き始めたのは1997年くらいからでしょうか。東南アジアから密輸入した安価な油が大量に出回りはじめたのです」。
同時に政府による金融の引き締めもスタートした。父親が手がけるファンドの運用がうまくいかなくなる。陳氏は、高校を卒業し、いったん父の会社に入社するのだが、2年後には事業が立ち行かなくなったと言っている。
「たしかに外的な問題もありました。それは事実です。ただ、父親の経営にも問題があった。厳しくいえば『ザル経営』だったのです」。
当時の中国はどんな時代だったのだろう。香港返還と世紀のイベントがつづき、自由経済が促進され、世界の工場から消費大国になりはじめた頃だろうか。しかし、日本もかつては、そうだったように、どんぶり勘定の経営がまかり通っていたようだ。それでも、利益が確保できていた幸せな時代だったとも言える。
しかし、状況はいっぺんし、「経営専門知識」なきものは、淘汰される時代となる。

長男が背負った一家の未来。

「父親の会社が倒産し、私がいろんなものを背負って来日したのは24歳の時です。法的な意味での借金は完済できたのですが、道義的な意味での借金が残っている。私はすでに結婚し、子どもいたのですが、妻子を残し、1人、最新の経営を学ぶために日本に向かいました。当然、借金の返済も目的です。長男ですから、妹や2人の弟の学費や留学の面倒もみなければなりません」。
当時、購入していたマンションを売って、渡航費用を捻出した。
「日本に来て、まず日本語学校に入学します。それからダイエーの中内さんが創立された『流通科学大学』に進みます。学費はほとんど奨学金でまかないました」。
アルバイトで得た収入はほとんど仕送り、借金の返済に充てた。借金返済まで、来日してから丸々6年かかったいう。その額を聞いてびっくりした。
奥様もやがて来日されるが、それまでは「1年に1度しか会うこともできなかった」という。どれほど苦労されたことだろう。「どうでした? たいへんでしたか?」そう尋ねると、陳氏は笑いながら首をふった。

夢を持つだけで、人間は幸せになれる。

「小さな頃の性格ですか? 一言でいえば負けず嫌い、それは間違いないですね。実家も当時は裕福でしたから、長じてからも、なかなか人に頭を下げられなかったですね。姉のご主人が裁判官だったこともあって、もともと私は弁護士を目指したかったが、父に家業を継ぐようにと言われ断念しました。だから、向こうでは大学にも進んでいないんです」。
アルバイトに精をだす一方で、授業で学んだことをバイトで実践する。そこで得た成果を今度は、授業にフィードバックする。経営学が陳氏のなかで色彩を濃くする。まさに覚悟のたまものだろう。今どきの日本人の学生と比較することすら、申し訳なくてできない。
「日本に来てからも、たいへんだったのはたしかですね。でも、私はそう思ったこともないんです。だって、毎日、眠ることができたし、何より希望がありましたから。中国にいた頃、そう最後の3年間くらいは、もう夢を持つこともできませんでした。『これからどうなるんだろう』。そう考えると夜も眠れない。それから考えれば、夢を持つことができるだけで、人間は幸せになれるんです。それを知ることができたのですから、向こうにいた苦しかったあの3年間にも意味があったような気がします」。

陳氏が手繰り寄せた未来の糸。

大学を卒業した陳氏は、ソフトブレーン株式会社に入社する。アルバイト先で仕入れた話が、そのきっかけ。「当時は、いつか中国に帰って父の事業を再興したいと思っていました。でも、大学で学んだだけでは実践がともなっていませんから、いったん日本の会社に就職しようと考えていたんです。その時に知ったのが『宋文洲さん』です。みなさんもよくご存じだと思います。TVにもよく取り上げられていますし、『やっぱり変だよ日本の営業』などの本も出版されていますからね。私も、そのアルバイト先で宋さんの話を聞き『やっぱり変だよ日本の営業』という本があるのを知りました。せっかく日本に学びにきたのに、『日本の営業がおかしい?』ってどういうことだろうって。宋さんに興味を持って、彼が創業したソフトブレーンに入社しようと決意したんです」。
ソフトブレーン株式会社は、営業支援システム(CRM/SFA)やコンサルティング、教育などのサービスを行う、いまや東証一部上場企業である。ちなみに、その創業者、宋文洲氏は、成人後に来日した外国人として初めて日本の証券市場(東証マザーズ)に上場を果たした人物でもある。
エントリーした学生は2400人。うち採用されるのはわずか40名足らず。しかも、新卒者と言っても、陳氏は年齢も高い。しかし、そういったハンディをもろともせずに、見事、狭き門をくぐり抜け、陳氏は実力で未来の糸を手繰り寄せた。
・・・続き
株式会社創業新幹線 代表取締役 陳 建(Chin Ken)氏
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