2014年4月22日火曜日

京おばんざい“青家”の青家本店 オーナーシェフ 青山有紀氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”京おばんざい“青家”の青家本店 オーナーシェフ 青山有紀氏登場。
本文より~

子どもの頃の、青山有紀。

青山は1974年、京都に生まれる。5人家族で、姉と弟の3人兄弟で育ってきた。ご両親は飲食店を経営されていた。今も京都御所前で「談笑庵青山」という1日1組限定の料理屋を経営されているとのこと。もっとも「談笑庵青山」ができたのは、青山が高校生くらいの時で、子どもの頃の店とはスタイルもずいぶん違っているようだ。
子どもの頃のお話も伺った。
「小さい頃の記憶はあまりないし、楽しんでいた記憶もないんです。両親はお店が忙しかったでしょ。それに姉と弟がとても仲が良くって…。だから私は1人ぼっちのように感じていました」。
「姉は、とても綺麗な人だったんです。両親は宝物のように育てていました。そこにも幼いながら嫉妬心や不満を抱いていたんだと思います」。
青山は「ひがんでいた」という。しかし、子ども時代には、そういうケースが往々にしてある。「自分」というものがわからず、相手との距離もまた掴めないでいた。
青山が生まれたのは京都市内の中心。ビジネスや繁華街ではあったが、住んでいる人は少なかったのだろう。小学校は25人のクラスと小さな規模で、中学に上がっても3クラスだったという。高校で、ようやく普通の規模になったそうだ。
高校時代は、アルバイトにも精を出した。
「お小遣いが貰えなかったんです」と青山。先斗町や祇園にある飲食店でアルバイトをしていたとのこと。「ただし、当時から飲食業だけはやりたくなかった」と言っている。
理由を尋ねると、「両親の大変なところを見ていたからです。いくら頑張ってもお客様がいらっしゃらないことがある。そういったことも目にしていましたから」。
確かに、飲食店は大変だ。一方、大変な中にも楽しさがあるのだが、少女の青山には、両親が忙しく働く姿だけが刷り込まれていったのだった。・・・・続き
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