2026年1月20日火曜日

株式会社ざくろホールディングス 代表取締役社長 伊久間 哲氏登場。

 “飲食の戦士たち”株式会社ざくろホールディングス 代表取締役社長 伊久間 哲氏を取り上げました。

本文より~

教師一家に生まれた少年が選んだ道。

東京で初めて“しゃぶしゃぶ”を紹介した高級日本料理店「ざくろ」。1955年(昭和30年)の創業以来70年、多くのお客様に厳選された国産黒毛和牛の美味しさを伝え続けている。
今回ご紹介する“飲食の戦士”は、その代表取締役社長である伊久間 哲氏。歴史ある「ざくろ」の6代目社長に、その半生を振り返ってもらった。
1961年、群馬県伊勢崎市に誕生。両親はもとより親戚のほとんどが教職という典型的な「公務員一家」の次男坊として成長した。そのため、幼いころから「自分もきっと教員になるのだろう」と漠然と思っていたという。
スポーツが得意で小学校は野球、中学ではサッカー部に所属。もともとラグビーに興味があったことから、高校は地元でも有名なラグビー強豪校に進学した。練習は厳しく、新入部員20人のうち、最後まで部に残ったのは6人ほど。小柄ながらその俊足を武器に花園を夢見て走り続けた3年間は、伊久間氏の芯の強さと仲間への信頼感を育んだ。

初めて知った「接客の喜び」。

飲食との出会いは中学時代の夏休み。教員一族でただひとり、そば屋を経営していた親戚の手伝いをしたことがきっかけだった。お客様から「ありがとう」と言われる喜び。人生初のアルバイトは、伊久間少年の心に接客の楽しさを教えてくれた。
大学受験に失敗し一浪した伊久間氏は、予備校に通いながら近くのファミリーレストランでアルバイトを始める。職場の雰囲気は良く、店長や調理長にも可愛がられ、次第に「自分の進む道は飲食しかない」と確信するようになった。両親を説得し観光専門学校のホテル課に進学。サービスの基礎を体系的に学んだ。
就職活動が始まった2年生の秋、「ざくろ」の面接を受ける。当時の「ざくろ」は5店舗展開で、6店舗目オープンを目前に控えたまさに成長期。内定をもらった伊久間氏は赤坂・アメリカ大使館前店に配属され、接客や運営を現場で学びながらキャリアを積んでいった。
当時は労働時間も長く、従業員の入れ替わりは激しかった。同僚と切磋琢磨しつつ、接客の奥深さを学んでいった伊久間氏は主任、副支配人へと昇進。30歳で支配人に就任する。「出世のスピードですか?同期と同じくらいですよ」と謙虚に語るが、日々の努力が実を結んだことは明らかだ。

コロナ禍、試練の社長就任。

「ざくろ」の代表は基本的に世襲ではなく、現場を経験した社員が社長を務める伝統を持つ。2014年に専務に就任した伊久間氏も、5代目社長を支えともに経営のかじ取りを担った。東京オリンピックを目前に控えた2019年、世間は景気に沸き、同社の業績も好調だった。
明けて2020年、新型コロナウイルスが日本を直撃する。
「あの頃は本当に厳しかったですね。役員の間でも喧々諤々の議論がありました。幸い借入はほとんどなかったのですが、それでもこのままでは立ち行かない。“清算”という言葉すら出るほどの危機でした」。
突然の休業命令や営業時間の短縮要請で、会社は瞬く間に赤字に転落。その危機的状況の中で、社長就任を決意したのが伊久間氏である。
「自信があったわけではありません。ただ長年お世話になった会社に“恩返しをしたい”という気持ちだけでした」。
社長就任は名誉であると同時に、会社存亡の責任を一身に背負う重責だ。そのため無用な心配は掛けたくないと、元同僚だった妻にも一言も相談しなかった。創業以来初の危機的状況の中で「自分がやる」と手を挙げることは、並大抵の覚悟ではできない。

・・・続き

株式会社ざくろホールディングス 代表取締役社長 伊久間 哲氏

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