2016年5月24日火曜日

ライナ株式会社 代表取締役 小川雅弘氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”ライナ株式会社 代表取締役 小川雅弘氏登場。
本文より~

海にも、山にも近い町。

兵庫県城崎といえば、言わずと知れた温泉の町である。関西の奥座敷としても知られている。
「海にも山にも30分とかからなかった」と今回ご登場いただいたライナ株式会社社長の小川氏は、子どもの頃を振り返る。
「実家は、祖父が創業した家具屋です。私自身は、ごくふつうの元気な小学生でした。スポーツはJリーグが盛り上がっていたこともあって、サッカーをしていました」。
中学は残念ながらサッカー部がなかったそうで、ソフトテニスに転向。性格は、和気あいあいで、敵をつくらないタイプだったそうである。
「入学時は成績もふるわなかったんですが、卒業する頃には上から数えて10位くらいにはなっていました。中学生の頃から家業の家具屋を手伝っていましたので、いずれ商売をしたいな、と思っていました」。
部活、勉強、家の手伝いも、日課だった。優等生だったに違いない。高校では、硬式テニスに転向。
「シングルは、良くて4位だったんですが、ダブルスでは、地方大会で何度か優勝しています」。運動神経が良かった証。息を合わすのが、うまかった証かもしれない。

大学時代。

「神戸大学に進学したかったんですが、結局、進んだのは大阪市立大学です」。当然、独り暮らし。
「アルバイトは、色々と経験しました。家庭教師に、飲食、テキヤのバイトも経験済です(笑)」。テニスは卒業し、持ち前の運動神経を活かしアイスホッケーを始めた。ところが、試合中にホッケーの刃が、股間にあたってあわや大惨事となる。
「これはヤバイ!と思って、ボクシングに転向しました。1年ほどリングで打ち合って、今度はスキー部を立ち上げます。今思えば、スキー部を立ち上げたことは自信になりました。起業ではありませんが、ゼロから立ち上げたことで、俺にもできるんだという自信につながったわけです」。当時からいずれ起業と考えてはいたが、「飲食事業で」と思っていたわけではない。

1棟借り、大胆な一歩。

「だいたい3年くらいと思っていました」と小川氏が語るのは、就職してから独立までの期間である。そうと決めたからには、時間を無駄にできない。会社選びも、必然的に独立が前提となる。狙いを定めたのは、IT企業だった。
「職種は、SE、PGです。300人未満の条件で検索して、物流のパッケージソフトを開発する会社に就職しました」。
社会人1年生。しかし、周りの新卒たちとは、明らかに違った。ハナから独立するのが目的だったからだ。そんな小川氏の目には、どうやら仕事の向こうにつづく、独立のイメージがわかなかったようだ。
「1年くらい経って、だんだん仕事についてもわかってくるんですが、先輩たちの仕事をみてもIT業界での独立がイメージできなかったんです。それで3年経っていなかったんですが、思い切って、独立しよう、と」。
予定より早い決断というか、社会人になってわずか1年目の独立である。
「古いビルを借りて、1階がテイクアウトカフェ、2階がステーキ店、3階を事務所にして、屋上は夏に一組限定でバーベキューができるようにしました」。
一棟借り、大胆な発想である。ただし、初期投資は800万円。
「凄く古くって、借り手がつかないようなビルだったもんですから、家賃もごくわずかで済みましたし、実家が家具屋なんで、ぜんぶ手作り。業者にお願いしていたら数千万円かかったと思いますが、ぜんぶで、800万円で済ますことができました」。
貯金と家族・友人からの借金、投資家からも200万円を借りスタートしている。
ちなみに、2階のステーキ店には行列ができたそうだ。初期投資を抑えたことで、低価格でステーキを提供できたのが、ポイントだったという。
大胆な一歩を踏み出した小川はさらに攻勢にでる。

・・・続き

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