2024年4月17日水曜日

株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長 河野博明氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社ワンダーテーブル 代表取締役社長 河野博明氏登場。


本文より~

少年のコンプレックス。

今回、ご登場いただいたワンダーテーブルの河野社長が、愛知県岡崎市に生まれたのは1974年のこと。「大学で東京にでるまで、岡崎です。剣道をつづけ、小学校の頃はバレーボールもしていました。実を言うと、今、180センチあるんですが、小学校の頃は横が…」。
けっこうな悩みだったそう。
「だって、体育の授業で、私ら太っている組は別プログラム。ダイエット体操が始まります(笑)」。それは、傷つく。生徒のためといっても、今なら、大問題。
「コンプレックス? ありましたよ。卒業写真、うちは、プールサイドで撮影だったんです。今みても笑うんですが、1人、必死で、お腹を凹ましている生徒がいるんです(笑)」。
ご両親がスポーツを勧めたのも、スリムな体型にしたかったからかもしれない。ただし、原因は母親にもある。「母は、美味しいものにはお金を惜しまないって人で、週末は決まって外食に連れて行かれました」。
小学生が食べる楽しみを知ってしまったわけだ。それでも、中学生になって体型がかわり始める。
「当時はちょっと荒れた学校で、バイクが校舎内を走っていました」。
咆哮するバイクのあとを、先生たちが追いかける。
「だから、校則がきびしかったんです。男子はみんな坊主。少しでも、伸びていると帰されます」。
制服だったが、下は、体操服の白いズボンで、登下校する。思春期の少年たちには、確かにつらい。押さえつけようとするから、バイクで乗り込む生徒も現れる。
「竹刀をもった先生って、今じゃTVの世界でしょ(笑)」。
河野社長も、多少、「悪さ」をしたが、ま、許される範疇と言うことにしておく。「成績は悪くなかったですね。高校は進学校に進みました」。
だが、そこで、息切れ。

学生時代のワンシーン。古着の買い付けに、アメリカへ。

「高校では、さすがに勉強しないとついていけません」。
大学受験。
浪人して、河合塾に通い出したが、ともだちといっしょあそびに行くのが日課になる。
「実は、2年目は、志望校だった名古屋の大学も受かったんです。でも、田舎もんでしょ。気持ちはやはり東京。華やかな世界に憧れてしまうんです」。
田舎者には、そういう習性があると言いたげ。大学に合格したことで、東京へのキップを掴んだことになる。
「大学に入ると、ソッコーで、テニスサークルです。キャンパスライフの王道ですからね(笑)」。
上京してすぐに、ともだち4人と、有名なディスコに向かった。残念なことに1人だけドレスコードにひっかかっている。
「残りの3人で、ディスコに潜入して、お立ち台にいる女の子に声をかけて」。
ボディコンのお姉さんと、デートの話がまとまった。

レストランの、作法。

しかし、人間、何がきっかけとなるか、わからない。ボディコンのお姉さんをナンパしたことで、河野社長の運命が動きだす。
「東京での初デートです。格好つけて、行ったこともない高級なレストランを予約します」。
ドレスコードの存在を知ったから、服装にも気を遣った。みたこともない世界が広がる。
席につき、メニューを開ける。
顔が青くなる。
「ぜんぶが、呪文です(笑)」。
腹を決め、呪文を唱えると、カクテルが現れた。
「お酒は、お酒好きの母親に似て弱くなかったんですが、アルコールがつよかったのか、初めて尽くしのシチュエーションがいけなかったのか、たった3杯でベロベロになっちゃいます」。
相手の表情にピンを合わすこともできなかった。
「むちゃくちゃ恥ずかしかったですね。その女性とはもちろん、それきりですが、このことがあって、レストランでスマートにふるまい、飲食できるスキルがないと、東京生活を楽しめないと思うんです」。
<ひょっとして、それでワンダーテーブルに?>
「正確には、ワンダーテーブルの前身ですが」。
失態を演じたレストランと同様の、おしゃれなダイニングレストラン。バイトを始めると、これが、面白い。「芸能人もいらっしゃいましたしね」。
合計5年、勤めている。
「評価も悪くなかったです。料理人が権力をもっているんですね。私は、ホールです。時々、厨房から『これ、売ってこい』って声がとんでくるんです。それをお客様にオススメして、オーダーをいただくと、堅物の料理長もほめてくださって。大学では勉強もしない落ちこぼれです。でも、レストランでは、いい評価がいただける。最高でしょ」。
たしかに、悪くない。
「それにね」と河野社長。
「お金をいただいているのに、『おいしかったよ、ありがとう』っていってくださるんです。最初に、この一言を聞いた時、衝撃が走りました。東京にでてきて、いちばんの衝撃だったかもしれません」。
飲食に魔性の一言があるとすれば、この一言だ。
大学生活と充実したアルバイト。成績では落ちこぼれだったかもしれないが、絵に描いたキャンパスライフ。ただし、キャンパスライフにも消費期限がある。

河野社長と、「ロウリーズ・ザ・プライムリブ」と。

「大学の卒業でやらかした」と河野社長は笑う。なんでも、卒業旅行から帰るとポストに、大学から1通の通知が来ていたらしい。「留年の通知でした。1単位たりなかった。あるアパレル会社に就職が決まっていたんですが、もちろん、あと1年、大学です。卒業できていたら、私の人生は、ぜんぜんちがっていたでしょうね。翌年、飲食店に就職します」。
副社長が外国人だったから、興味が惹かれたと河野社長。
「ただ、ワンダーテーブルとはちがったんですね。観光立地でリピートしないであろうお客様相手のサービスをしていて、違うと感じたんです」。
これが、めざしていたものか、自問自答する河野社長に、ワンダテーブルから、もどってこないかとオファーがとどく。
さて、河野社長といえば、やはり「ロウリーズ・ザ・プライムリブ」の話は外せない。
「ロウリーズは、アメリカのビバリーヒルズで創業したプライムリブ専門店です。日本では、赤坂、恵比寿、大阪の3店舗を展開しています」。
河野社長は、アメリカまで研修に行き、30歳前半で従業員120人規模のロウリーズの支配人に抜擢されている。
だが、はじめてつまづく。スタッフをコントロールできない。「あの時は、キツかったですね。私が若かったからだと思いますが、総スカンをくらって(笑)」。
若いからではなく、組織マネジメントができないからだ、と気づき、組織マネジメントを徹底してマスターする。「ただ、大阪に行くと、組織以前の問題で(笑)」。
赤坂のロウリーズは、連日満席で、月商1億円。しかし、170坪、234席がある大阪店の初日ランチは2組だけだったそう。河野社長は、天を仰ぐしかなかった。
「ロウリーズのおかげで、色々、勉強することができました」。
営業部長に昇進、2023年になって、社長にならないかと打診される。

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