2007年8月20日月曜日

セールス大学 伊吹卓(キイストンホームページ寄稿より)

第一回



■難しいことをいう人はわかっていないのだ
 イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん(元社長)の名著に『商いへの心くばり』(講談社)というベストセラーがあります。私はこの本の全体が好きですが、その中に「私はあたりまえのことしかしていません」「難しいことをいう人は、わかっていないのだと思うことにしています」という言葉があります。
 私は、この二つの言葉に特に感動しました。
 ある販売業の社長Pさんが会いに来られたことがあります。その人はずっと前にスーパーマーケットを経営していました。しかし、経営がうまくいかないので困ったとき、大成功をしているイトーヨーカ堂の社長に教えを乞いにいきました。そのとき伊藤さんが、Pさんにたずねました。
 「Pさん、あなたはチラシ広告をしていますか」
 「していますとも!」
 「そうですか。私はしていません」
 「えっ? どうしてですか」
 スーパーでチラシ広告をすることは当然だと思いこんでいたPさんは、びっくりしてたずねました。
 「チラシ広告は安売りの目玉商品を広告するものでしょう。当然、客引きのために限られた数の目玉商品しかありません。だから、せっかくそれを目当てに来たのに売り切れてしまっていて買えないお客さんがたくさんいることになります。それは、お客様をガッカリさせることです。私は、そういうことをできません。」
 「――――」
 「私はそういうことをするよりも、チラシ広告の広告費の分だけ、すべての商品を少しでも安くして、すべてのお客様に平等に安く買っていただきたいと思っているんです。」
 このようにいわれたのだそうです。
 そのときPさんは(こんなすごい人と競争していたのか。それでは負けてもしかたがない!)と気づいて、スーパーの経営をスッパリあきらめた、といっていました。
 このエピソードの本質は何でしょうか。



 それは、お客様の小さな不満にも敏感であるということです。
 残念ながら私たちは、他人のことになると鈍感です。それなのに、セールスで成功する人たちは、他人の心の痛みに対して非常に敏感なのです。


■売場で三時間立って見ておれ
 ずっと前のことですが(株)花王の社長の談話記事が日経流通新聞に一ページものったことがありました。記者との一問一答の部分にすばらしい話が出ていました。
記者:花王さんは販売計画をどのようにして作られるのですか。
社長:いえ。うちの会社では、販売計画のようなものは作っていません。そのようなものをつくると、押し売りなどをして、お得意様に迷惑をかけることになります。だから、やめたのです。
記者:それでは経営ができないのではありませんか。
社長:そういうことはありません。
記者:それでは、どのようにして経営なさっているのですか。
社長:そうですね。お客様がお困りになっていることを見つけて、それを一つずつ解決するように努力していると販売は自然に伸びるものです
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 それから数年たって花王の社長の講演をまとめた小冊子をある協会でもらったことがありました。その本の中に「全社員に閑を見つけて売場へ行き、そこで三時間、立って見ていなさい。気がついたことがあったら報告しなさい」という記事を見つけました。
 この記事を見つけてしばらくしてから、その業界(トイレタリー商品)のヒット商品ベスト10のリストが新聞にのりました。それを見て驚きました。十商品のうち六つが花王でした。次がP&Gで三つ。ライオンは一つでした。
 私が「商売上手の二大秘訣(苦情法、着眼法)」を発見したのは、この記事を見つける数年前のことでした。
 商品開発に限りませんが、世間をよく見て廻る人は、どういうわけか売れるようになります。そういうことを着眼法と私は呼んでいます。
 花王のところでのべた「お客様がお困りのことを見つけて改善しようとしていると、自然に販売が伸びる」ということは、苦情法と読んでいます。
 松下電器の創業者である松下幸之助さんも、苦情法、着眼法の達人でした。そしてつぎのようにいっています。
 「経営学は教えられますが、経営は数えるに数えられません」
 「聞こえない声を聞き、見えない姿を見る。それができないようでは経営者といえません」
 この二つの言葉は、あまり暗示的すぎてわかりにくいものです。しかし、苦情法、着眼法の立場から説明すると簡単なことです。
 「聞こえない声」とは「何かご迷惑をおかけしていませんか」と聞けばいくらでも聞こえてきます。「見えない姿」はじっくり観察していると見えてきます。それは、わかりにくいことです。しかし、じっくりやった人には必ずその偉大さがわかるものなのです。


■講義式の研修会は役に立たない
 セールスや経営は、学問ではなくて、行動術。やってみて、体得するものなのです。それは理屈ではなくて、感じることです。
 感じることは、感性。
 感性は、説明しても理解できないのです。
 プロのゴルファーは、一日千回、クラブを振るといいます。まさに体で覚えるのです。


 それと同じことで、セールスも経営も体で覚えるしかないのです。
 それなのに、講義形式の研修会がたくさんおこなわれています。
 ある大企業の営業出身の社長は「営業マンの販売力は研修会をやっても伸びない」と断言しています。
 しかし、営業マンの販売力を伸ばしたいという強い思いがあるのも事実です。
 そこで私は、苦情法、着眼法を活用した体験重視の研修方法を開発しました。このノウハウを活用すると短期間で販売力が伸びてきます。
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 私はもともと、電通で広告制作をしていました。広告制作の立場から「売る」ということはいつも考えていましたが、セールスマンをしたことがありません。それが私の弱点でした。そういう私が講師をして、二大秘訣型の宿題を出して実行してもらい、報告してもらうようにしていると、不思議なくらい販売が伸びてくるのです。
 このような研修ノウハウを私が開発できたのは、私にセールスの体験がなかったことが、かえってよかったのではないか、という気がします。
 トップ・セールスマンの人たちは、たいてい、すごい感性を持っています。そういう人が、すごい実績を背景にして講義をすると、ドラマチックで面白いことは間違いありません。しかし、それはそれだけのことです。
 あるトップ・セールスマンは本も講演もたくさんの実績がある人ですが「私の講義を聞いても、売れるようにはならない。トップ・セールスマンの本は単なる自慢話だ」といい切っています。
 トップ・セールスマンは「自分がなぜ売れているのか」ということの本質に気づいていないのです。私は、下手の横好きでウォッチャー(観察者)として数十年、成功者たちの研究をしてきました。そうしたら「セールス」「開発」「経営」のどの分野であろうとも、苦情法、着眼法の原理がかくれていることに気づきました。そこで、この原理を応用して実行してもらうようにしているのですが、実行するひとは必ず業績がよくなるのです。
 そういうことを体験しているうちに、人はだれでも天才的な才能を頭脳の中に持っているのだと思わざるを得ないようになりました。


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