2021年12月27日月曜日

株式会社REED 代表取締役 樺山重勝氏登場。

 in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社REED 代表取締役 樺山重勝氏登場。

本文より~
樺山氏に出会ったのは2014年、かれこれ8年前になる。当時は、ティーケーエスグループ/株式会社J.fromD.(旧神里商事)の社長として精力的に活動されていたが、師と仰ぐグループの総師・神里隆氏の逝去に伴い退社しREEDという会社を設立。現在にいたるまで、そして今後の展望について再度、「飲食の戦士」のお話を伺った。

師と仰ぐ神里隆氏、病に倒れる。

前回お話を伺ったのは、樺山氏が「チキ南亭」「まぐろ人」「とり将軍」「きちんと」などを運営するティーケーエスのグループ会社の代表取締役だった8年前のことだ。今回、REEDの代表取締役としてお話を伺うにあたり、飲食業との関わりを簡潔に辿ってみることにする。
鹿児島県阿久根市出身の樺山が飲食の世界に飛び込んだのは、大学へは進学せず税理士を目指し進んだ専門学校在学中に飲食店でのアルバイトをしたことが飲食の世界に進むきっかけだったとのこと。
「ロシア料理の店でした。学業のほうは在学中に簿記の資格を取得したので中退、博多の中州にあったお好み焼き店でアルバイトを始めました」。税理士になる夢はいったん封印し、お金を貯めて上京。
「知り合いの家を転々としながらいろんな仕事をしましたが、結局は飲食に落ち着くんですね。飲食の世界に魅せられたんでしょうね」。
そして20歳。運命的、決定的な出会いが訪れる。師と仰ぐ神里隆氏との出会いだ。
「京王線明大前でお好み焼き店のオープニングスタッフを募集していましたので、早速、応募、採用されました」。
神里氏は弱冠20歳の新参者・樺山氏を厳しく、徹底的に仕込んだ。「嫌気がさすほどでした」とその厳しさを、今となっては懐かしがる。
神里隆氏は樺山氏の「どこ」に「なに」を見出したのか判らない。樺山氏が採用されたとき、ティーケーエスは神里商事の子会社だったが業績が逆転し、最終的にティーケーエスが神里商事を買収、新しいグループ企業の社長として樺山氏を任命した。
「夢中で働きました。業績も大幅に拡大しました。従業員も増えました。大変だったけれど“やりがい”はありましたね」。
ところが…。
順風満帆だった日々に暗雲が立ち込める。師と仰ぐ神里隆氏が病に倒れたのだ。

師・逝去。グループ全体の売却に伴い退社へ。

「医学に関しては素人ですから詳しくは判りませんでしたが、なんとなくではありますが、その当時の普段の言動から何か不安は感じましたね」。
病は重篤なものであった。病状は楽観を許すものではなかったが、本人も周囲も当然復帰すると思っていた。
「外観上、見た目には判りませんし大丈夫だと思っていましたが、まさかという感じでした」。
結局手術を受けることに。
「3カ月ほど入院していました。手術、その後の養生が功を奏したのか復帰を果たすことができましたし、退院3カ月後にはゴルフに興じるほどまでに回復していたんです」。
回復した安堵感や喜びの一方で「新しい課題」が持ち上がった。会長の身に万が一不測の事態が起こったとき、誰が事業を継ぐかという課題だ。
「回復したとはいえ、以後のことを考える必要性、というか必然性がありました。つまり、この企業体をどうするのかという問題です。会長自身考える必要は感じていたとは思いますが、実際のところは切迫感は薄かったのだと思います。」
「会長の体調は術後の状態から見た目には判らず大丈夫と思っていたのですが、病魔は進んでいたんでしょうね。発症から2年後、亡くなりました」。
会長の逝去に伴い、ティーケーエスのグループ会社の社長を務めていた樺山氏には、96店舗にまで拡大したグループ全体をいかに維持、継続させるかという重大な問題や責任が両肩に重くのしかかった。
「ただ、誰かが跡を継げるものではないとは思っていました。この会社は、会長が一代で築き上げた会社ですし、そもそもご子息がいらっしゃいましたので、息子さんに継いでもらうのがベストだと思っていました。ただそこに至るにはある程度は時間が必要ではないかとも……」
ところが…。
「ご一族で継続の方法を考えていたのだと思います。事業全体を売却する方向で話が進みました」。
この点については多くは語らない。
「社長ではありましたが、基本的には“雇われの身”でしかありません。居場所もなくなったと感じた私は退社することに決めました」。
売却成立の話を聞いたのが2017年8月、退社したのは翌年の3月31日だった。

2018年4月10日、東京都府中市で居酒屋開業。

退職はしたが、故郷・鹿児島へ帰る~いわばUターン~という選択肢はなかった。ただ飲食業としてこの先を生きて行こうとは考えていた。因みにREEDの監査役・徳重剛氏は当時のグループ会社の監査役だった方で、REED立ち上げにあたり就任してもらった。この徳重氏だが、サッカーファンなら詳しいと思うが、J3鹿児島ユナイテッドの社長でもある(2021年の成績は第7位。J2への昇格も間近だ)。
さて、独立・起業にあたり、ご家族の賛同は得られたのだろうか。
「二人の子ども(上は高校2年、下は中学3年)も受験を控えていた時期でもあったので、故郷に帰るということはできなかったですね。いずれにせよ賛同は得ました」。覚悟のほどが伺える。
覚悟を決め、満を持して2018年4月、府中市で居酒屋を2店舗、同時開業に漕ぎつけた。
「まず、開業に伴う資金がなかったので、金融機関からの借り入れで準備し、既存の九州の3店舗はティーケーエスから業務受託として借りました」。
スタート当初は大変だったと語る樺山氏だが、「ティーケーエスグループの社長時代とは“大変さ”の意味と言うか、質が違いましたね。オーナーか雇われかによる違いかもしれませんし適切かどうか判りませんが、“心地良い大変さ”とでも言うんでしょうか……」
開業以来順調に歩み、現在は「焼肉食堂ヒフミ」など府中で4店舗、出身地の鹿児島県で「麺屋しげぞう」など2店舗、熊本県で「きちんと」の合計7店舗を経営している。
創業以来、順調に業績を積み重ね、新しいプランに取り組み始めた矢先の2020年、「新型コロナウイルス」による業務への影響に翻弄されることになる。不可抗力だけに、その悔しさは察するに余りある。

・・・続き

株式会社REED 代表取締役 樺山重勝氏

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