2017年2月21日火曜日

株式会社エスクリ 代表取締役 社長 渋谷守浩氏登場。

in-職(いんしょく)ハイパー“飲食の戦士たち”株式会社エスクリ 代表取締役 社長 渋谷守浩氏登場。
本文より~

4代目。

奈良県桜井市は、奈良県の中部に位置する都市。歴史は古く、ヤマト王権の中心地とも言われている。今回ご登場いただいた、株式会社エスクリ代表取締役社長、渋谷守浩氏が、この桜井市に生まれたのは1966年のことである。渋谷家は、代々事業家であり、創業者でもある曾祖父は、郵便を山間部の人たちに届ける飛脚業をされていたそうだ。
「曾祖父から数えて私で4代目です。2代目の祖父は、曾祖父の事業を、木材を運送する事業にシフトします。山間部では吉野杉という有名な杉が採れますから、郵便よりこっちが儲かると判断したからです」。
儲かると言っても危険で、当時のように牛や馬で木材を運ぶことは、それ自体が命がけだったそうである。
「私の父の代になってからは、運送より林業家のほうが儲かると、今度は製材業にシフト・チェンジです。とにかく現状に甘んじない、変化をし、進化をし続ける、これが、たぶん、うちの一族の正体なんです(笑)」。
いまはもう、渋谷氏の代になっている。「私は、製材業から建設業にシフト・チャンジします。4代かけ、だんだんと進化をしてきたわけです。さらに、私の代でパラダイムシフトを行いました。挙式・披露宴の企画・運営を行う、上場企業、株式会社エスクリのグループ会社となったんです。
建設業へのシフトは父親も賛成だったが、エスクリの傘下りについては猛反対。父親だけではなく、親戚一同からも猛反発をくらったそうだ。しかし、すでに社長になっていた渋谷氏は反対の声を押し切った。

少年に起きた、奇跡。

渋谷氏は、3歳の時に大怪我をした。父親が製材業を開始した直後、フォークリフトの下敷きになったのだ。
「足切断のピンチだったんです。医師からは切断を勧められたそうなんですが親父がまったく納得しません。医師が黙って切断しないように、手術室まで入って見張っていたそうです」。
手術はとりあえず終わったが、切断しなかったことで状況は以前より悪くなる。「そうなると親父も観念したのか、有名な医師を連れてきて、『これでだめなら』という話に落ち着いたそうです」。
つまり、だめなら足切断。だれもがあきらめていたそうだ。
ところが最後の最後になって父親の思いが天にとどいたのだろうか。

奇跡が、起こる。
「切断しなければいけないと言われていたのに、やがて格闘技も習いますし、高校ではレスリングの国体強化選手に選ばれました。足は奇跡的に治り、治ったどころか、それだけ動かせるようになったんです」。
いつの時の運動会だっただろうか。渋谷氏が出場するというので、親族も集い、固唾を飲んで渋谷氏の走りを見守っていてくれたそうだ。果たして、うまく走れるんだろうか? しかし、渋谷氏は、そんな心配もどこ吹く風というかのように、観戦する親族の前を駆け抜けた。あとから大歓声が追いかけてきたそうだ。
「みんなが泣いてくれていて、あのシーンはまだ記憶しています」。
足が完治する。もともとわんぱく小僧だ。しかし、小学校ではイジメにもあったそうだ。
「『お金持ちやろ』って。金持ちがええかっこしぃにみえた時代だったんです。昔のイジメはカラっとしていたっていう人もいますが、あいつらは、けっこう陰湿やったんちゃいますか」。
いまとかわらない陰湿なイジメ。しかし、当時はいまと違って登校拒否などできなかった。
「最初は、からかわれるたびに落ち込んでもいたんですが、段々、言われっぱなしっていうのが我慢できなくなって。でも、ケンカしても体格が違うし、敵いそうありません。実はそれで、格闘技を習い始めたんです」。
4代かけ、4つの事業を行い、上流工程に上り詰めたように、これも渋谷家の伝統か、とにかく長い目でものをみる。いまは敵わないが、いつかきっと。
格闘技のセンスがあったのだろうか。それとも目的があったからだろうか。ともかく渋谷氏は、みるみる上達する。体格で劣っても、もう負けないと思うまでになった。
2年生になった時にはメキメキと頭角を現した渋谷氏は、イジメの筆頭だったクラスメイトとも対等な関係となるどころか、上回る存在になっていた。
・・・続き
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