“飲食の戦士たち”で株式会社double 代表取締役 松井勝也氏登場を取り上げました。
飲食か、現場か、中央市場か。
「学歴がないんで、選択肢が『飲食』か『現場』か『中央市場』の3択やったんですよ」と言って、株式会社doubleの代表取締役 松井さんが笑う。
3つの選択肢のなかで、選んだのが飲食。その理由をうかがうと「朝が苦手で、人と話すのが性格的に向いていると思って」との回答。
中央市場はちかくにあったから候補に入れたが、朝が早すぎた。
「勉強ができる人は色々と選択肢があるんでしょうが、ぼくの場合は少ないから、迷いもなかった」。
恩田陸という小説家が、『球形の季節』のなかで「何かを決められる人というのは、よほど恵まれているか、よほど選択肢がないかのどちらかだ」と書いているが、分類すれば松井さんは「よほど選択肢がない」人になる。
ただ、それが悪いわけではない。松井さんの場合、ラッキーなことに選択はまちがっていなかった。
「飲食なら学歴に左右されないでしょ。親がいうから高校には進みましたが、高校2年のときに1つ目を退学。べつの高校に移って3年から始め、だぶって4年目の真ん中くらいまでいて、そっちも退学します。学校のレベルですか、偏差値でいうたら、37と36ぐらいの戦いやったと思います(笑)」。
「それでも学校は好きで、結構行ってましたよ」と松井さん。
「結構」という表現が面白い。
パチンコ店が、潰れる。松井家の一大事。
「人とおるんが好きなんで。夜中、ツルんでボウリング行ったり、バイク乗ったり、グレてる少年たちが送る、ありきたりの生活をしていました」。
<高校は卒業されたんですか?>
「いや、さっきも言いましたが、途中で。でもね。高校1年から始めたアルバイトは3年つづけました。好きなことはちゃんとする、そんな性格だったんですね。いま思うと(笑)」。
松井さんは1994年、大阪の福島に生まれている。兄弟は、男3人。松井さんは長男で、今、次男の利也さんと一緒に事業をしている。
<小学生時代を教えてください>
「勉強はぜんぜんできへんかったね。だから、野球かな、楽しかったのは。勉強はでけへんかったんですが、公文はしてました。中の下くらいやったかな。記憶力がないから、漢字が大の苦手で、今も克服していません(笑)。野球はシニアリーグでやっていました。兄弟3人。全員、野球をやっています」。
<先日、弟の利也さんをインタビューさせていただきました。お父さんが事業を失敗されたと聞いています>
「父は、もともとホテルの料理人やったんです。独立してパチンコ店をオープンしたんですが、私が小学校低学年のときに失敗して。生活のレベルがいっぺんしました」。
ちなみに、お祖父様は、豪邸を3つ、軽井沢に別荘もお持ちだったそうだ。
「祖父は、お金持ちでしたね。遺産とか色々あったかもしれません」。
「とにかく、お金は怖い」と松井さんはいう。父親を慕っていた人が、破産すると、とたんに距離を置く様子をみていたからだ。
両親の喧嘩も、殺伐として、色がなくなった。
<それでも、今、事業を起こされています。そこは怖くなかったんですか?>
「それは、まったくない。ほかに道がなかったからかもしれませんが」。
そう言って、冒頭の話になった。
高校1年から3年間、アルバイトしたのは、関西らしくお好み焼きのお店。「学生やフリーターから可愛がってもらった」と可愛らしいことをいう。
梅田の夜と、キャッチという仕事と、オレってできる奴やったんや。
高校生を4年ちかくやり、中退。学歴は中卒。「学歴もないから」と、選択通り、飲食に進む。
「梅田で焼鳥の店があって、私が働き始めたときで30~40店舗あったんちゃうかな」。
<ホールとか、キッチンですか?>
「いや、キャッチってわかります?キャッチで店の売上をつくっていました。全部で8店舗。キャッチにもノルマがあって、売上目標達成が至上命題です。私が18か19のときです」。
<しゃべりは得意だから、キャッチは向いていますね>
「そりゃ、水を得た魚です。19歳でチームリーダーになって、大学生やフリーターを20人くらいまとめていました。人の上に立つという経験をしたのは、あれが初めて。月収ですか、悪くなかったです」。
「40万円~50万円」と聞いて驚いた。もっとも、東京の新宿でキャッチをしていた人に聞くと、新宿なら、70万も割と簡単にいくそうだ。キャッチ出身の経営者は少なくない。
「これが一つの転機言うたら、転機です。なにが転機やいうても、『オレってできる奴やったんや』って(笑)。調子にのって、なんだかんだ4年つづけました」。
doubleの始まり。
<大学生と接していて、学歴のコンプレックスはなかったですか?>
「ぜんぜんないです。学歴がないのは、そうなんですが、コンプレックスは、うん、ないですね。『できるはずやのに、できへん』っていうのは、コンプレックスになると思うんです。でも、私の場合は『できへんから、できへん』なんで」。
「できへんから、できへん」。哲学的な一言だ。
<弟の利也さんは、大学に進まれています>
「立命館ですね」
<利也さんから、大学入学時にお金を貸してもらったと聞きました。たいへん喜んで、兄貴をリスペクトするようになった、とおっしゃっていました>
「そんなこと言ってましたか?」と松井さんが笑う。
懐が広い。
<ところで、のちに利也さんとおなじ会社でお勤めになったんですよね?>
「そう、私が先に入って。社員というか、副社長のような立場で入って。そのあと、弟も入ってきて。私が大阪で、弟は福岡で」。
そこで何年やられましたか?
「4年です。今あるのは、そこがめちゃめちゃポイントになっています。オーナーは私とかわらない、4つちがいか、まだ、20代やのに、お金の切り方がぜんぜんちがいました」。
<切り方?>
「お金の使い方とお金の考え方みたいな。それをめちゃくちゃ勉強させられた気がしています」。
4年間で、松井さんは、利也さんとともに9店舗をオープンした。
かき集めたメンバーと、三方よしと。
「キャッチのときとはぜんぜんちがって。給与の振り込みから、出店資金、あ、出店資金はオーナーが出してくれるんですが、何年で回収せなあかんとか、そういう回収フロー系や、お金系は全部、計算するようになりました」。
<教えていただいたんですね?>
「いや、そんなん教えてくれません。でも『言え』って言われるから、独学で勉強して(笑)」。
苦手な勉強も、いざとなったらちがうらしい。
「とにかく、むちゃくちゃ勉強させられました。ない頭を使うもんやから、めちゃめちゃしんどかったです。数字やからまだ助かりました。漢字やったら爆発しています(笑)」。
勉強もしたが、めちゃくちゃはたらきもした。
従業員をかき集める。全員、知人。「キャッチの会社もつくった」という。「毎年、正月に倒れた」と笑う。
「そりゃ、全部、ぼくの知り合い。なんかあったらあかん。全員の人生を預かってますから」。
<そのプレッシャーにも育てられた?>
「そこは、結構背負いましたね。給料をやっぱり払ってあげなあかんとか、給料を上げてやるのも自分の選択やったんで。でも、副社長やから、上に社長がいるんです。だから、私が給料上げたくても、社長を通さないとダメでしょ」。
「そこでも、数字が大事だった」と松井さん。
「それに、交渉やないけど、喋りも上手くなかったらあかんでしょ。もちろん、口先だけやったらすぐにバレます。給料をあげることが、どれだけこちらにもいいことなのか。今の会社で『三方よし』を定義にしてるんですが、これなんかは、そこで学んだ大事なことです」。
投資と回収。三方よし。この2つをどれだけ深いレベルで学んだかは、今のdoubleをみれば一目瞭然だ。
背中合わせの「double」。
話を少し先に進めよう。
<設立は、コロナ禍ですね?>
「そうです。2人で会社を辞めて、独立させてもらいます。分割で9店舗のうち7店舗を買取ました。従業員を守りたくても、さっきいったみたいに副社長やから、好き勝手はできません。でも、守りたい。だったら、選択肢は一つしかなかったんです」。
お店をほぼ全部、買い取った。
<恐怖はなかった?>
「そりゃ、父親をみてますからね。コロナもいつ終わるかわからへんかったし。でも、ある程度、リスクヘッジをしながらですが、『オレたちがあかんかったら、みんなあかんやろ』くらいに思ってもいたんで、ぎゃくにアクセルを踏んだんです。そうしないとみんなを守りきれませんでしたから」。
それから、5年。松井さんがみる風景は、まるでちがっている。兄弟で立ち上げたdoubleは、驚異的なスピードで拡大をつづけ、今や年商は90億円だ。
「弟に聞かれたかもしれませんが、弟は『桐麺JAPAN』という別会社で『桐麺』という有名なラーメン店を経営しています。私も『food culture』という別会社をつくって、そのラーメン店のFCをしています。一緒に始めて、今も一緒にやっているdoubleがあって、互いに別々の会社を経営している、そんなイメージです。その相乗効果で、もっと広がっていくかもしれません」。
2人で経営する会社は、「double」。
「弟と一緒だからdoubleなんですが、もう少しいうと、色違いの2人が背中をあわせて、ちがう方向をみている。そういうのもひっくるめてdoubleと名付けています」。
背中でお互いの体温を感じながら、ちがう方向をみている。一体だが、溶け合わない。そこが、つよみ。
これからもエンジン全開ですか?
「そうですね。弟も全開です」。
ちなみに、設立からわずか5年。doubleの売上は今期、100億円に届きそうだ。
「今、弟と話をしています。6年以内に300億円はいきたいなって」。
海外進出も狙っている。
とんでもない兄弟だ。だが、色違いの2人に、そして、松井さんにやってできないことはない。選択肢は「やる」それだけだから。
背中合わせの「double」の今からに、いつか今よりも大きな喝采を送ることになるだろう。
(社長記事やグルメ情報など飲食の情報はキイストンメディアPR事業部まで)
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